【2614冊目】寺地はるな『ミナトホテルの裏庭には』
今日読んだのは『ビオレタ』に続き寺地はるな。今回の主人公は男性です。祖父に頼まれて「ミナトホテル」の裏庭を開ける鍵を探す芯輔(しんのすけ)を中心に、やはり個性的でどこか達観した人たちが登場しますが、『ビオレタ』の登場人物よりはだいぶマイルドな印象です。
それより今回は「ミナトホテル」という場所が気になりました。大正時代に建てられたという古い建物は、まるでそこだけ時間が止まったよう。しかも、そこには「わけあり」の人たちだけが泊まる、というのです。
「アジール」という言葉があります。避難所、とでも訳せばよいでしょうか。かつての教会や「縁切り寺」など、この世のしがらみから逃れるための場所のことです(今で言えばシェルターとかネットカフェとか、でしょうか)。このミナトホテルは、まさにアジールだと思います。この世にあって、少しだけこの世から外れたような不思議な場所。それがミナトホテルなのです。
考えてみれば、前作に出てきた「ビオレタ」という店も、ある種のアジールでした。もちろんそこに「避難」することはできませんが、そこで買った小さな棺にさまざまな物を入れて土に埋めることが、ある種の救済になっていたことは間違いありません。
著者はこうした「場所」をそれほど強調しません。むしろそこに集まる人間たちと、そのやりとりを丁寧に描写します。でも、「ビオレタ」とか「ミナトホテル」という場所がそこにある、ということ自体が、なんというか、物語に落ち着きと奥行きを与えてくれているような気がします。