自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2394冊目】ジョン・チーヴァー『巨大なラジオ/泳ぐ人』

 

巨大なラジオ / 泳ぐ人

巨大なラジオ / 泳ぐ人

 

 

20世紀半ばのアメリ中産階級の生活を描いた短編小説をたくさん書いた作家、と聞いただけで、チーヴァーに惹かれる人はあまりいないだろう。私だって、村上春樹柴田元幸が対談で絶賛していなければ、手に取ることさえなかったはずだ(『本当の翻訳の話をしよう』所収。もとになっているのは本書所収の「解説対談」だが))。ある作家に出会えるかどうかなんて、本当にちょっとしたきっかけで変わってくるものなのだ。

お二人が勧めている時点で面白くないはずがないのだが、実際読んでみてびっくりしたのは、他の作家の小説ではあまり感じたことのない、不思議な「質感」があったこと。なんというか、架空の物語なのだけれど、そこに人がいて、呼吸していて、会話していて、食事していて、生活しているということに、妙に実感があるのである。これっていったい、何なんだろう。

平凡な生活を描いているようで、その中に「裂け目」を作り、いつの間にか異様な光景が広がっている、という作品が多いのだが、その裂け目がいつあらわれたのかわからないほど小さく出現し、徐々に広がっていく。「巨大なラジオ」で言えば、最初は夫が買ってきたラジオに拒否感を覚える妻が、徐々にラジオから聞こえてくる近所の家の「音」にハマっていくという、これだけ書くとなんとも荒唐無稽な話なのだが、実際に読んでいると「そんなこともあるかもしれない」という気になっていく。

「泳ぐ人」は、家までの道を「プールで泳ぐ」ことをつないで帰るという発想自体が、どこの家にもプールがある郊外のアメリ中産階級の生活そのものなのだけれど、怖いのはその家の人が「あなたのご不幸を耳にして、わたしたちとても心を痛めていたのよ」なんて言い始めることだ。しかも、具体的に何のことか尋ねると「あなたが家を売ったっていう話を聞いて、それから気の毒なお子さんたちのことも・・・」なんて言い出すのである。自分は家も売っていないし、子どもも家にいるはずなのに! だが主人公が家にたどり着くと、家にはカギがかかっていて、ぼろぼろの状態で、中には誰もいないのである。

こうした「奇妙な話」以外にも、困った隣人の話や夫の浮気の話など、なんでもない日常のちょっとしたトラブルや問題がどんどん大きくなる、という話が、この作家は本当にうまい。それを一言で言い表すなら、ある短編のタイトルにもなっている「林檎の中の虫」だろう。これは「一見幸福に見える状況の中に潜む不吉なもの、不適切なもの、ものごとを内側から駄目にしてしまうネガティブな何か」をいう英語の慣用句らしい。そうなのだ。チーヴァーはたぶん、この「虫」を書きたくて、外側にある平穏で幸福な暮らしという「林檎」を書いているのである。