自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2393冊目】マリーナ・レヴィツカ『おっぱいとトラクター』

 

おっぱいとトラクター (集英社文庫)

おっぱいとトラクター (集英社文庫)

 

 

ギョッとするタイトルだが、原題は「ウクライナ語版トラクター小史」。邦訳の方がずっといい(カバーを掛けずに読むのは勇気がいるけど)。

2年前に亡くなった母の残した遺産をめぐっていがみ合う、主人公のナジェジュダと姉のヴェーラ。だがその間に、とんでもないことが起きていた。愛妻を亡くし悲嘆にくれているはずの父ニコライ(84歳)が、ウクライナ人の巨乳女(36歳)と結婚するというのだ。どう考えても財産目当て、イギリスのビザ目当ての女から父を守るべく、あわててタッグを組んで対抗しようとする姉妹だが・・・ 。 .

イギリスのコメディ賞を受賞しただけあって、とにかく読み始めたら面白くてやめられなくなる。特に、ナジェジュダとヴェーラの「最強姉妹コンビ」と対等以上に渡り合う、ウクライナ女ヴァレンチナのキャラが見事。頼りないばかりの男どもの描写は耳が痛いが、アップテンポで展開されるすさまじい「女のバトル」を読むだけでもこの本を読む甲斐がある。

だがそれだけではない。コミカルな展開の裏側に見えてくるのは、世界大戦でドイツやソ連に徹底的に蹂躙されたウクライナのすさまじい歴史であって、略奪や強制収容所の日々を生き延びてきた父母の人生。頼りない一方に見えた父がラスト近くにつぶやく一言が印象的だ。

 

「いいかねナージャ。生き延びてこそ勝ちなんだぞ」

 


思えば戦争をくぐり抜けてきた人々の多くが、多かれ少なかれこうした体験をし、そのことを語らぬままに私たちの隣で人生をまっとうしているのだ(日本で言えば従軍体験や、あるいは空襲や原爆、沖縄の地上戦体験やシベリア抑留など)。この物語は、そんな歴史を思い出させてくれる「裂け目」のようなものなのである。