【2373冊目】村上春樹・柴田元幸『本当の翻訳の話をしよう』
翻訳の名手2人による対談7本と、柴田元幸の講演1本が収められている。タイトルの元ネタはティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』か。銃弾こそ飛び交わないが、翻訳の現場という「戦場」からの迫真のリポートだ。
お二人のフィールドである英米文学を中心に、翻訳の裏話からイチオシの作家紹介まで話題があっちこっち飛ぶが、その中で時々、ふとした指摘が光っている。読みながら付箋を貼ったのは、たとえばこんなところ。
村上「上手い人は、描写を描き込んでるのに話が止まらない」
柴田「イギリスの小説が描写で読ませるとすれば、アメリカの小説は声で読ませるんだと思う」(p.27)
→この指摘はさらっと書いてあるが、けっこう大事。夏目漱石や丸谷才一はイギリスの系譜らしいが、だったらアメリカ的な「声で読ませる」作家は誰だろうか。中上健次? 町田康? 伊藤日呂美? あるいはいっそ、石牟礼道子あたりだろうか(アメリカ式というより、むしろ日本の地謡みたいなものかもしれないが)。
柴田(ジョン・チーヴァーの小説について)「だいたいが暗い終わり方をするのに、またかと思わないのが不思議です。センチメンタルな言い方をすると、いつもどこか優しい目があるというか」
村上「僕は、大事なのは礼儀じゃないかと思う。チーヴァーの小説に出てくる登場人物の多くは、礼儀をわきまえている。どの小説でも基本的な礼儀正しさを感じるんです」(p.175)
→これはまさに村上春樹の小説そのもの(暗い終わり方、かどうかはともかく)。ちなみにジョン・チーヴァーは、本書を読んで初めて知り、読んでみたくなった作家のひとり。
村上「なんにせよ「これは私にしかできない」という個性的なシステムを自分の中にこしらえてしまうこと、それが何より大事です。言い換えれば、どこにでもあるような小説を書かないこと。たとえ上手くなくてもいいから、自分にしか書けない物語を創り出すこと。ペイリーやカーヴァ―がやってきたのも、まさにそれなのです」(p.202)
→さらっと書かれているが、これは村上春樹の秘伝であり、ホンモノの小説を書くための奥義である。まあ、こんなことを明かされても、できる人は最初からできるし、できない人はゼッタイできないのだが。
ちなみに最終章「翻訳教室」では、なんとチャンドラーやフィッツジェラルドらの小説の名場面を二人が「共訳」するという超豪華な内容。原文と2人の翻訳を見比べると、それぞれの名人芸がさりげなく仕込まれていて唸らされる。同じ英文をもとにしても、これほど訳文が違うことにもびっくりするが、そこにそれぞれの独特の「味」が沁みだしていることにも感嘆させられた。
いやあ、翻訳って、小説って、おもしろい。
- 作者: ティム・オブライエン,Tim O'Brien,村上春樹
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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