自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1086冊目】エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』

黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ (光文社古典新訳文庫)

黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ (光文社古典新訳文庫)

「黄金の壺」「マドモワゼル・ド・スキュデリ」「ドン・ファン」「クライスレリアーナ(抜粋)」を収める。

「黄金の壺」はホフマン代表作のひとつ。火の精(サラマンダー)や魔女が登場する幻想的な作品だが、別世界のファンタジーではなく、むしろ現実世界と異界との「裂け目」を描いた作品というべきか。ぼんやりした夢見がちの大学生アンゼルムスが市場でリンゴ売りの老婆(実は魔女)にぶつかり、呪いの言葉をかけられるところからはじまり、ニワトコの樹の下で出会った金緑色の蛇との恋、文書管理官(実は火の精)の下での奇妙な仕事と、次第に幻想的な世界へといざなわれていく。キリスト教的で合理的な世界観のアンチテーゼのような、ロマン的で自然主義的な世界観が印象的。

「マドモワゼル・ド・スキュデリ」は、一転してなんと推理小説のルーツのような物語。貴族たちが襲われては殺され、名品とされる宝石が次々に盗まれる。そして、盗まれた宝石を手掛けた天才的な細工師カルディヤックが殺され、犯人と疑われたのはその弟子オリヴィエ。鴎外はこの作品について「エドガー・ポーを読む人は更にホフマンに遡らざるべからず」と評したらしいが、まさにポーに先立つ探偵小説の原型がここにある。

しかもこの小説、物語としても、ミステリとしてもよくできている。読み手を飽きさせない絶妙のストーリーテリング、現代ミステリにもひけをとらない「意外な犯人」「意外な真相」。ルイ14世治下のパリの雰囲気もぴったりだ。

ドン・ファン」「クライスレリアーナ」は共に音楽モノ。ホフマンは作家であると同時に音楽家でもあった(ついでに言えば画家でもあり、判事でもあった)。その音楽家としての面と作家としての面が見事に融合した小品である。特に、失踪した宮廷楽長ヨハネス・クライスラーの覚え書きという設定の「クライスレリアーナ」は、小粒ながらなかなかユニーク。ちなみにシューマンの同名のピアノ曲は、この小説に着想を得たとのことである。「ドン・ファン」のほうは筋書きはおまけ程度で、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の観劇録の小説化、といったおもむき。小説とも評論ともエッセイともつかない、実に奇妙な作品であった。

こうして見ると、ホフマンを単なる「怪奇作家」と括ってしまうのは少々もったいない。音楽小説とでもいうべき独自の小説からミステリ、ファンタジーと実に幅広く、そしてどれもたいへんおもしろい。ホフマンはずいぶん前に「砂男」を読んだきりだったのだが(あれも忘れがたい作品だ)、本書は意外な収穫だった。ゴシックホラーやミステリのルーツとして、そのあたりが好きな方は楽しめること請け合いである。

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