【2290冊目】フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

 

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

 

 

映画『ブレードランナー』のイメージが強烈すぎて、なかなか原作を手に取る気になれなかった一冊。例の「ハヤカワ文庫の100冊」に入っていたので、この機会に読んでみた。

映画の印象に引っ張られるかと思っていたが、結果としては、ほとんど映画のことは思い出さなかった。それほどにこれは「別物」だ。あ、違った。小説のほうが先なのだから、リドリー・スコットが「別物」の映画を作ったということか。だいたい「レプリカント」じゃなくて小説は「アンドロイド」なのだ。レプリカントとアンドロイドじゃ、与えるイメージが全然違う。

放射能灰に汚染された近未来の地球が舞台。第三次世界大戦後の荒廃した世界という設定がもはや古典的だが、生物がほとんど絶滅していて厳重に管理保護されていたり、感情をコントロールできる機械があったりと、映画とは違う独特のディストピア感がおもしろい。動物を飼うことが人間らしい感情の証明のようになっているが、生きた動物を買えない主人公リックは機械仕掛けの電気羊しか持っていない。

火星からやってくるアンドロイド8名と、それを狩るリック。だが単なるアクションドラマではなく、アンドロイドとは何か、という根本的な問いが通奏低音のように横たわっている。それはつまり、人間とは何か、という問いでもある。

面白いのはその見分け方。フォークト・カンプフ検査法というこの方法では、人間であれば感情を刺激されるような質問をして(例えば「ライスを包んだ犬の皮」とか)反応を見るというものなのだが、こんな見分け方でもしなければ人間とアンドロイドの見分けがつかないこと自体が実は問題であって、それならそもそも両者を「見分ける」必要があるのか、という疑問も湧いてくる。人間とアンドロイドの違いをめぐる議論は、人工知能ブームの今こそ必要だ。