自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2275冊目】ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』

 

f:id:hachiro86:20181105224205j:plain

 

光文社古典新訳文庫GJ。よくぞ新訳に踏み切ってくれた。嬉しい。

いや、格調高い齋藤磯雄訳がダメというのではない。ただ、あの格調高いオールド・スタイルとヴィリエ・ド・リラダンの世界観は、あまりにも合いすぎていた。ただ、やはり今のご時世、あの翻訳ではハードルが高すぎる。結果として、一部の愛好家以外には手に取りづらいものになってしまっていた。

それではいけない。この『未来のイヴ』は、ロボットや人工知能が話題になっている現代こそ広く読まれるべき古典なのだから、これはやはり、新訳という選択肢を増やすべきだったのだ。やってくれるのは光文社さんだと思っていたら、見事期待に応えてくれた。感謝!

というわけで本書『未来のイヴ』であるが、改めて読み直して思ったのは、これはやはり相当な「奇書」だということだ。だいたい主人公が発明王エジソンであり、特に前半から中盤にかけてのほとんどが、エジソンの「語り」で埋め尽くされているのである。それはまさに怒涛の機械人間論、今風に言えばロボット論、アンドロイド論なのだ。問題の機械人間が登場するのは、本編768ページ(長い!)のうち640ページ以上が過ぎてからなのである。

筋書きも、今思えばとんでもなく退廃的で差別的なものだ。なにしろ、外見は絶世の美女だが中身は世俗的で凡庸な女性アリシアに幻滅した貴族エウォルド卿のために、エジソンが「外見はアリシア、中身は気高い女性」のアンドロイドを、人工肉と機械仕掛けをもって作り出そうというものなのだから。しかしこれが、形を変えて後世のSFに多大な影響を与えてきたことは否定できない。匹敵するのは、かの『フランケンシュタイン』くらいであろう。

まあ、それはそれとして、やはり本書の眼目はエジソンを中心とした、人工生命、人為的な「理想の人間の製造」をめぐる圧倒的な思弁と語りそのものなのだ。その内容は機械人間の歩行や平衡機能の詳細から自然と人工の差異、人間の「高貴さ」と「俗物性」をめぐる議論など多様をきわめ、その中でありとあらゆる思考実験が重ねられるのである。現在のロボットやAIをめぐる議論の多くは、ここに原型が示されているといっても過言ではない。本書はストーリーを読む小説ではなく、思考と議論の道筋そのものを読む小説なのだ。