自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1884冊目】皆川博子『トマト・ゲーム』

 

トマト・ゲーム (ハヤカワ文庫 JA ミ 6-6) (ハヤカワ文庫JA)

トマト・ゲーム (ハヤカワ文庫 JA ミ 6-6) (ハヤカワ文庫JA)

 

 

「トマト・ゲーム」「アルカディアの夏」「獣舎のスキャット」「蜜の犬」「アイデースの館」「遠い炎」「花冠と氷の剣」「漕げよマイケル」の8篇を収めた一冊。

どれも著者の初期短編で、今から40年ほど前に書かれたものばかり。そのため、さすがに会話やちょっとしたディテールには時代の匂いが漂っているが、こと「衝撃度」に関しては、まったくタイムラグを感じさせない。特に、哀しいまでに追い求められた「狂気」の深さ、鋭さは、いまどきの「イヤミス」が束になってもかなわないものがある。

特にとんでもないのが、最初の短編集刊行時、文庫化にあたり「あまりに不健康」なため外されたという「獣舎のスキャット」「蜜の犬」の2篇。この2作のラストシーンを読めば、小説でトラウマ体験ができることを保証する。悪夢を超えている。

ミステリ風味の作品が多いが、単なる謎とき小説にはなっていない。むしろミステリを方便にしつつ、人間心理の極北にまで読者を連れていくことが著者の目的なのだろう。主人公に若者が多いのも、若いがゆえの鋭利でフラジャイルな心理と、それが壊れていくさまをリアルに描きたいためだろうか。

そしてここには、確かに現代の「心の闇」を予見させるものがある。新聞や雑誌などで「理解不能」とされる少年少女の精神のダークサイドが、40年も前に、すでにピンポイントで摘出されていることに驚かされる。著者に言わせれば、あなたたちは今頃になって、彼らの「心の闇」に気付いたのか、というところだろう。しかもマスコミは、自らは安全な「大人の側」「理性の側」に立ったままで、分からない分からないと言っているだけなのだ。

本書は違う。若者の「心の闇」の深みにまで、読者は一挙に連れて行かれる。観客席は、ここにはない。ただひたすらに、そのおぞましさと、その哀しき狂気の極北に戦慄すべし。本書の醍醐味はそこにある。