自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2780冊目】森川すいめい『感じるオープンダイアローグ』


オープンダイアローグについて書かれた本はいろいろありますが、本書はその中でも、短いながらその本質に迫った一冊なのではないかと思います。その理由の一つは、著者が自らオープンダイアローグ発祥の地フィンランドで学び、日本人医師初の国際トレーナー資格を取得したことにあります。本書は外野の書いた「解説書」というより、オープンダイアローグを深く実践した著者による、一種の「体験記」なのです。


その意味で、本書の白眉は著者自身が受けたトレーニングについて書かれた第3章です。そこで行われたのは、著者自身の過去や、心の痛みを他者に語ることでした。それまで治療者として患者に接してきた著者は、ここではじめて、自分自身が「患者」になったのです。


そこで語られた、著者自身の痛切な過去と、そこから生まれていた痛みが周囲に受け入れられていくさまは、感動的でさえあります。でも、本来はそれこそが「対話」なのでしょう。自分の語りが誰にも妨げられず、誰にも否定されない「場」。それがあるだけで、どんなに人は救われることか。


そうなのです。「治療」も「薬」も、もともとはそんなに必要なものじゃないのです。足りないのは「対話」であり、相手を一人の人間として尊重し、対等に接する姿勢だったのです。オープンダイアローグとは、決して最先端の技術などではなく、そうした対話の原点に回帰することなのです。


だから、オープンダイアローグは治療の場だけで使われるものではありません。職場でも、家庭でも、福祉現場でも、議会でも、およそ人が人と関わりあうすべての場に通用する「基本的なスタンス」のようなものなのです。本書からまっすぐ感じ取れたのは,そういうことでした。


最後に、そうは言っても大切な、精神医療の現場への導入について。私は今まで、オープンダイアローグには医師が同席するものと決めてかかっていました。でも、本書によれば、発祥の地であるフィンランドのケロプダス病院でも、オープンダイアローグの場に医師がいることはむしろ少なく、看護師らが中心になっていることが多いようなのです。


そう考えると、今の日本の医療制度にオープンダイアローグを導入するのも、それほど難しくないのかもしれません。病院内であれば医師の診察とは別枠で、あるいは訪問看護や相談の現場で。看護師でなくても、ケアマネージャーや相談支援専門員、セラピストやソーシャルワーカーなどが行ってもいいのです。


本書はそんな、オープンダイアローグの可能性の広がりを感じさせてくれる一冊でした。そのための実践の指針として、ここではケロプダス病院で大切にされている「7つの原則」を、最後に紹介してみたいと思います。なお、邦訳は( )内が本書、[ ]内が私の意訳です。


IMMEDIATE HELP(すぐに助ける)[ぐずぐずしない!]

SOCIAL NETWORK PERSPECTIVE(本人に関わりのある人たちを招く)[知り合いの輪を使え]

FLEXIBILITY AND MOBILITY(柔軟かつ機動的に)[非・お役所的に]

RESPONSIBILITY(責務/責任)[応答責任]

PSYCHOLOGICAL CONTINUITY心理的な連続性/積み重ね)[心の糸を切らない]

TOLERANCE OF UNCERTAINLY(不確実な状況の中に留まる/寄り添う/すぐに答えに飛びつかない)[不確かさに耐える]

DIALOGISM(対話主義)[対話第一主義]


最後までお読みいただき、ありがとうございました!