自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2679冊目】津止正敏『男が介護する』


息子や夫が介護をやっている、と聞くと、ケアマネや包括職員など、多くの福祉関係者が警戒モードになる。他人の干渉を嫌う、「俺流」の介護にこだわる、家族会にも参加しない、介護に「成果」や「効率」を求める、といった「特徴」を持つ人が多いことを、経験上知っているからだ。高齢者虐待の統計をみても、虐待者で一番多いのは「息子」である。


だが、もはやそんなことは言っていられない。今や介護をする家族の3人に1人は男性だ。その数は日本中で100万人を超える。男性介護者は、今や決して珍しい存在ではなくなったのである。


そうした背景もあって全国に広がったのが、「男性介護者の会」である。名前はさまざまだが、いずれも孤立しがちな「介護する男性」をつなげ、支えている。著者らが制作した「男性介護者100万人へのメッセージ」という介護体験記もある。著名人の美談ではなく、普通の男性介護者の生々しい声を集めたこの体験記は、介護者だけでなくその家族にも広く読まれたらしい。


著者はこうした男性介護者を「ケアメン」とも呼ぶ。これに対して(案の定)、「『何、ケアメン?!』女性の介護者をわざわざ『ケアウーマン』と呼ぶ?」うんぬんかんぬんという批判が寄せられたようだが(p.14、松田容子の書評引用を再引用)、実はこの構造は、女性の社会進出で起きたことの裏返しになっている、というのがおもしろい。


それこそ「キャリアウーマン」などと呼ばれた女性たち(それこそ松田容子なら「男性会社員をわざわざキャリアマンと呼ぶ?!」と気色ばむところだろうが)は、男性たちと伍して働くためには、会社という男性中心の組織の中で孤軍奮闘し、男性規範に自らを同化させざるを得なかった。一方、そこで異なる視点を持ち込むことで、まだまだ不十分かもしれないが、会社組織の「男性中心文化」を少しずつ変えつつあるのも事実である。


同じように「ケアメン」たちも、3分の1とはいえ、やはり介護の世界では少数派である。だからこそ、女性中心の介護の世界や価値観に馴染めず、家族会でも疎外感を味わい、孤立して「俺流介護」に閉じこもってしまうのだ。だが、それは「キャリアウーマン」が会社組織に対して行ったように、別の視点を介護の世界に持ち込むことができる、ということでもある。「男性介護者の会」の存在や「ケアメン」という言葉は、その突破口になる可能性を秘めているのだ。


だから本書は、単に「男性介護者」を問題視したり、あるいは面白おかしく扱った本ではない。「男も介護する」社会のあり方そのものを本質的なところから捉え直す、きわめて意欲的で射程の広い一冊なのである。男性介護者のみならず、ヘルパーやケアマネなど、介護の世界にどっぷり浸かっている人こそ読んでほしいと思う。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!