自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2377冊目】奥野修司『ゆかいな認知症』

 

 

昨日に引き続き高齢者関係の本、と思われるかもしれないが、実は本書に出てくる当事者は、ほとんどが「若年性認知症」。老齢の認知症の当事者を想定して読むと、やや肩透かしに遭うのでご注意を。次に、サブタイトルが「「介護」を「快護」に変える人」とあるが、介護法の本ではない。その点も、あまり期待して読まない方がよい。

むしろ本書は、若年性認知症について知りたい人、なんとなく興味がある人が手に取ると面白い。認知症という言葉から連想される暗いイメージがどんどん変わってくるだろう。だが、本来もっとも本書を手に取るべきは、厚生労働省の官僚や自治体で高齢者福祉に携わる人をはじめ、地域包括やケアマネなどの支援者ではないかと思う。

というのも、本書では高齢者福祉の世界ではめったにお目にかかれない「顔の見える当事者」がたくさん登場するからだ(若年性認知症が多いので、厳密に「高齢者」ではないが)。障害者福祉の世界では、障害者運動の現場で声を上げてきた「有名な障害者」が多く、最近は当事者研究の分野でも、障害者自らが名前を出して発信する。だが、認知症をめぐってはそういう人がなかなか出てこなかった。認知症当事者としての発信力は、障害分野に比べると格段に弱いと言わざるを得ない。

本書はその点、新たな可能性を感じさせてくれた。著者が以前共著を出している丹野智文さんをはじめ、その丹野さんに影響を与えたという竹内裕さん、「人に頼る名人」であり空間失認のある山田真由美さん、当事者の立場から認知症カフェを運営する福田人志さんなど、認知症界の「スター」になりうる人がたくさん登場する。願わくば若年性認知症以外の高齢者からも発信が欲しいところなのだが・・・。

彼らの存在が貴重なのは、なんといっても介護者や家族ではなく「当事者」の目線からの発言が得られるからだ。例えば丹野さんは「できることを奪わないでください」という。「時間はかかるかもしれませんが、待ってあげて下さい。一回できなくても、次はできると信じてあげて下さい」(p.30)と。

一方、認知症カフェについて「気遣いが多すぎる」(p.90)と言うのは曽根勝さん夫妻。「あんなとこは二度と行かん。コーヒーを飲むんやったら普通の喫茶店でええやないか」。自ら認知症カフェを開いた福田さんも言う。認知症になってお茶を飲みたいと言ったら、あそこに認知症カフェができたからそこに行きなさい、あそこだったら安心です、と言われるんです。でも僕は普通にスターバックスに行きたい。いっぱい喫茶店があるのに、なぜそこしかないんですか」(p.244)

高齢福祉のサービスの多くは「非・高齢者」によってつくられてきた。そこが障害者福祉とは決定的に違う。だが若年性認知症当事者の登場で、ついに「当事者が考え、当事者が作る」サービスや場所が生まれてきたようなのだ。これは画期的なことではないか。もちろん「若年性」の当事者と認知症高齢者ではニーズも違うかもしれないが、まずは自ら発信し、行動する認知症当事者たちの登場が、新たな可能性を開きつつあることをよろこびたい。