自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2675冊目】こうの史代『この世界の片隅に』


はい。オールタイムベスト中のオールタイムベスト。映画も素晴らしかったですが、原作も絶品です。


広島市に生まれた「すずさん」は、急な縁談で呉市の北條家に嫁ぎます。夫の周作は優しく穏やかで、その母は病気がち。そこに義理の姉の径子が、娘の晴美ちゃんを連れて出戻っています。


さらに読み進めると、どうやら周作はリンさんという遊郭の女性と良い仲であったことがわかってきます。そこから周作を引き離すために、北條家は強引に縁談を急いだようなのです。そして、たまたま以前会ったことのあるすずさんの名前を周作が出したため、すずさんに白羽の矢が立った。


また、当時の女性が「嫁に行く」ということは、その家の家事労働を引き受けるということでした。北條家では母が病気がちですから、なおさらすずさんには期待があったことでしょう。ところが、のんびり屋で天然のすずさんは失敗ばかり。さらに義理の姉の径子が帰ってきて、家のことをやってくれてしまうため、すずさんはなおさらいたたまれない立場に。円形脱毛症になるのもわかる気がします。


こう言う事情は、やはり映画を一度見ただけではわからないものです(映画ではそもそもリンさんと周作の関係性は省かれていました)。映画では、すずさんが送ってきた平穏な生活を戦争が破壊した、という印象しかありませんでしたが、実はその前から、すずさんはかなりシビアな状況の中にいたわけです。


まあ、そんなことを感じられないほど、すずさんの性格がのんびりしていて天真爛漫、ということもありますが(のんさんの声はぴったりでしたね)。とはいえ、この作品は、すずさんのこの平和な性格が救いになっているように見せて、そんなすずさんさえ戦争が変えてしまう、という組み立てになっているわけで、なんとも容赦がないわけですが。


他にも、生活のディテールからちょっとした会話に込められた意味まで、とにかくこの漫画、あるいは映画は、ゆるめのほんわかした絵柄からは想像もつかないほど、とてつもなく周到に、緻密につくられています。私はこの漫画を何回読んだかわかりませんが、それでも読むたびにあらたな発見があるのだから驚きです(作者と監督の対談本があって、読み解きの参考にさせてもらいました。この本も秀逸です)。


おそらく生涯読み返すであろう一冊(三冊)。映画も、おそらく折に触れて見直すでしょう。大袈裟ではなく、日本人にとって将来の財産となる作品だと思います。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!