【2674冊目】ショーン・タン『セミ』
ショーン・タンの絵本はどれも絶品ですが、これは、その中ではやや大人向けの、皮肉の効いた一冊。
主人公のセミは17年間、人間たちの会社でデータ入力の仕事をやっています。欠勤もミスもなく、でも「人間ではないので」昇進はなく、それどころか人間たちにいじめられています。退職の日も、送別会も花束もなく、上司は「机を拭いていけ」というだけ。
灰色の迷路のような会社の風景はなんとも陰鬱です。セミの着ている背広も灰色で、唯一、セミの顔だけが緑色。それだけに、会社の屋上で脱皮して空に飛んでいく赤い姿が、なんとも鮮烈に映ります。
セミはあからさまに、わたしたち人間の社会における「何か」のメタファーとして描かれています。それがなんなのかは、おそらく読み手によって違ってくるのでしょう。派遣社員や臨時職員のような人々、あるいは学校でいじめられている子ども、いろんな場所で不当に虐げられている人など。セミの姿を見て「自分のことだ」と思う人も多いと思います。
そう考えると、17年間我慢して仕事を続けたのがそもそも良いことなのか、いささか気にはなりますが、それでも最後のページのくだりは胸に迫るものがあります。ここだけは、セミにとっての救いになっているのです。
「セミ みんな 森にかえる。
ときどき ニンゲンのこと かんがえる。
わらいが とまらない」
「トゥク トゥク トゥク!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!