【2586冊目】こうの史代『夕凪の街 桜の国』
何度読み返しても、そのたびに発見があり、心が揺さぶられます。すばらしい一冊です。原爆が描かれた作品を一つ選ぶとしたら、どんな文学よりも映画よりも、私はこのマンガを推したいと思います。
それは、このマンガが「過去にあったこと」「歴史の一コマ」として原爆を描いているのではなく、
現在に残響するものとして描いているからです。
言い換えれば、これは「原爆」を描くのではなく、
今もつづく「原爆のある日本」「原爆のある生活」を描いているのです。
「夕凪の街」では、昭和30年、平穏な生活を営む皆実が、原爆の後遺症で命を落とします。
後書きで著者がこう書いているのに、今回初めて気づきました。
「このオチのない物語は、三五頁で貴方の心に湧いたものによって、はじめて完結するものです。これから貴方が豊かな人生を重ねるにつれ、この物語は激しい結末を与えられるのだと思います」
その35ページは、一面真っ白なのです。
「桜の国」の舞台はさらにその後、現代が舞台です。
主人公の父親は養子に出され、疎開していたため被曝を免れますが、結婚した相手(つまり主人公の母親)は38歳で亡くなります。被爆の後遺症が理由と思われますが、暗示されるだけ。
東京からこっそり広島に向かう父を尾行する主人公。父母の出会いのシーンがそこかしこに挿入され、現在の広島とかつての広島を行ったり来たりします。
最後に見開きで描かれるシーンは、全編通じて一番好きな光景です。
そういえば、橋の上のカップルという構図は「この世界の片隅に」でも出てきましたね。
原爆は終わらない。
常にそれは「現在」の物語なのだ。
あらためてそう思わされた、珠玉の一冊です。