【2668冊目】西智弘編著『社会的処方』
認知症や鬱病、運動不足といった問題があって病院に行っても、ふつうは薬を処方されて終わりです。相談センターのようなところに行っても、介護保険などの「サービス」の利用を勧められるくらいでしょう。でも、ひょっとしたらその人にとっては、「人とのつながり」や「生きがいにつながる仕事」こそが一番の薬になるのかもしれません。
こうした取り組みを「社会的処方」と言います。実際、イギリスでは、社会的孤立への対応策として、釣りのサークル、ダンスやエクササイズのプログラム、ボランティア活動や仲間同士の支え合いの場(ピアサポート)などを紹介することがあるとのこと。その際に「つなぎ」の役を果たすのが、専門的な研修を受けた「リンクワーカー」。リンクワーカーの活動拠点のひとつBBBCのスタッフのDanさんは「健康に医療が寄与する割合は全体の10%である」と言っています(p.59-60)。
本書はこうしたイギリスの取り組みに学びつつ、日本型の「社会的処方」のあり方を検討する一冊です。素晴らしいのは、単に事例を輸入するのではなく、言わばイギリスの実践というフィルターを通して、日本ですでに行われている様々な取組みを捉え直そうとしていること。実際、本書で紹介されている日本の「社会的処方」の多様さは驚くほどです。
新宿の戸山団地の「暮らしの保健室」。
医師や看護師が「コーヒー屋台」を引いて街に繰り出す「モバイル屋台de健康カフェ」。
大学生と高齢者が一つ屋根の下で暮らす「京都ソリデール事業」。
認知症や障害のある人が「ごちゃまぜ」で働き、暮らす空間を生み出している「銀木犀」や「萩の風」などの一連の取組み。
高校生の呼びかけで始まった、まちの美化を通じてつながりを生み出す「グリーンバード武蔵小杉チーム」。
なかでも一番驚いたのは、福井県高浜市の保健福祉課が企画する、その名も「愛煙家座談会」でした。保健福祉課が「愛煙」? と思われるでしょうが、実はこれ、喫煙者が排除されない場をつくって気軽に参加してもらい、その中でタバコや健康への関心を高めてもらおうという周到な取組みのようなのです。なんとここからは、愛煙家たちが一緒に山に登る「愛煙家登山の会」まで生まれているというから、頭が下がります。
そして、こうした多くの社会資源をつなぐ「リンクワーカー」についても、本書ではイギリスのような「制度」ではなく「文化」にしていくことを提案します。一部の人だけではなく、地域の人たちみんながお互いをつなげ合い、つながり合う社会。それは国が声高に実現を謳う「地域共生社会」そのものなのではないでしょうか。
ただ、こうした社会は一歩間違うと、相互監視的で息苦しい「ムラ」に転化してしまいますから、匙加減が難しい。「良い加減」の「適度」なおせっかい、相手を尊重しつつ一歩(あるいは半歩)踏み込んでみるというバランス感覚もまた、大事になってくることでしょう。いずれにせよ、本書は「社会的孤立」が深刻な日本社会への、まさしく「処方箋」なのです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!