自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1704冊目】飯尾潤『現代日本の政策体系』

現代日本の政策体系―政策の模倣から創造へ (ちくま新書)

現代日本の政策体系―政策の模倣から創造へ (ちくま新書)

日本の現在の政策を一覧し、対案を示す一冊。

現代の日本は、もはや「先進国」の政策モデルをそのまま持ち込めば済むような時代ではない、とよく言われる。低成長の時代、政策のスクラップ&ビルドも必要だ。だがそのためには、目先の個々の政策だけを見るのではなく、さまざまな政策を大きなつながりの中で、つまり「体系」の中で捉え、あるべき一連の政策のグランドデザインを示す必要がある。

こうした現状認識のもと、著者は現代日本を覆っている主要な課題について、それぞれ現状を分析し、あるべき政策を提案する。テーマは「人口変動への対応(少子高齢化社会保障)」「都市と農山漁村共存(つまりは「都市と地方」)」「自然と技術と人間の関係転換(環境、防災、産業)」「社会的紐帯の変化とその対応(教育、治安、コミュニティ、情報通信政策)」。括り方は独特だが、おおむね国内の主要課題はカバーできているように思われる。

それぞれについて提案される政策は、ひとことで言うなら、正論である。どこかで聞いたことのある政策がほとんどだが、それは別に著者が誰かの本をパクっているということではなく、それなりの「識者」が丁寧に考えていけば、おそらくバランスの取れた「落とし所」はこのあたりになるということなのだと思う。

こうした正論をあえて著者が述べているのは、おそらく、まずは政策の「ゴール」「あるべき姿」を掲げた上で、そこに近づく方法を考えよう、という順序を取っているためと思われる。それはたいへん「理性的」なやり方だと思う。

ただ問題は、そうした「理性的な」勧め方を、必ずしも現実の政治はとらない、ということであろう。もちろん、著者はたいへん頭の良い方のようなので、理想論がそのまま現実にすぐ適用できるとは思っておられないだろうが、それでもしかし、「正しい政策」が提示されれば、人は皆そちらに向かって進んでいく(べき)という信念のようなものが、読んでいてうっすらと感じられ、そこがちょっと読んでいて気になった。

実際には、政策の変更というのはもっと泥臭いものであって、矛盾と欲得に満ち、紆余曲折と一進一退を繰り返すものなのだと思う。その、解きがたい矛盾の中に身を投じ、泥まみれになって、それでも一歩でも前に進もうとするところに、リアルな政策実現のプロセスというのはあるように思う。

僭越ながら本書に足りない点を私が感じたとすれば、まさにそうした、リアルな政治と社会の泥臭さ、言い換えれば現実の「痛み」のようなものだった。本書の現状分析は確かに論理的にはきっちり筋が通っているが、あくまでそれは頭の中で組み立てたもの。なんだか雲の上から「正解」の光が降りてきているような印象なのだ。あまりにも理路整然としたその政策体系には、あえて言えば「矛盾」が足りない。

ついでに言えば、本書はひとつのグラフも、ひとつの図表も使用していない。文中にも具体的なデータの裏付けはほとんど示されず、参考文献も巻末にまとめて列挙されているだけだ。要するに、本書はエビデンスが圧倒的に不足している。現状分析も解決策も、著者の頭の中をほとんど出ることなく完結しており、社会のリアルにも統計的なデータにも解決に向けたプロセスにも開かれていない。

繰り返しになるが、私は本書の政策提言を否定しているワケではない。逆である。本書の政策提言は、あまりにも正しすぎるのだ。私が気になったのは、こんな「正しい政策」を、いったい誰が実現できるのだろうか、ということなのだ。困ったことだが、「正しすぎる」というのも、時として問題なのである……