自治体職員の読書ノート

自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【2654冊目】小堀鷗一郎『死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者』


著者は「訪問診療医」。病院やクリニックで患者を診るのではなく、みずから患者の家に赴く医者だ。中でも「在宅看取り」に積極的に取り組んできた。


8割の人が病院で亡くなっているこの現代日本で、著者の関わった患者は、7割が自宅での死を選んでいるという。なぜそんなことが可能なのか。そこには、患者と家族に徹底的に寄り添い、本当の意味での、医師としての本分を尽くす著者の姿がある。本書には、そんな「自宅で老いる」患者たちのリアルな姿が多く記録されている。


とはいえ、著者は在宅死を絶対としているわけではない。患者と家族の気持ちに寄り添い、できる限りの手立てを尽くした結果、在宅死が多くなっただけなのだ。「死は『普遍的』という言葉が介入する余地のない世界である」(p.155)という著者のメッセージは、重い。


だから問題は、病院か自宅か、ではなくて、医療や介護の現場で、いかに患者や家族の心情とかけ離れた対応がなされているか、なのである。だが、なぜそうなってしまうのか。もう一箇所、引用する。


「多職種が連携し、『カンファレンス』し、死に方を『調整』し、『標準化する』ことは、限りある人的・物的資源で多死時代を乗り越えるためには最も有効な手段と考える。しかしながら、それこそが死のオートメーション化と呼びうるものである」(p.198)


もちろん、在宅で死を迎えることには、様々な困難がある。本人が亡くなった後に「もっとできることはなかったか」と遺族が自問自答し、ひどく落ち込むこともある。事故物件になってしまうと困ると、大家から反対されることもある。医療関係者にも、訪問診療に無知な人は少なくない。医師国家試験における「在宅医療と介護」の設問は、500題中1題未満だそうである。入院患者が在宅に移行すると、支払われる医療費が減り、病院の経営が傾くという意見さえあるというから驚く。


この本を読んで思ったのは、自分の最期、家族の最期について、もっと「マジメに」考えなければならないな、ということだった。それは単に治療だけの問題ではなく、その人の生き方の問題なのだから。そのための大切な問題提起を、この本はしてくれている。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!