自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2426冊目】春日武彦『病んだ家族 散乱した室内』

 

 

2001年刊行。使われている用語は「精神分裂病」「痴呆老人」「保健婦」などやや古いが、内容はむしろ現代の状況を先取りしている。2001年時点ではほとんどマスメディアに取り上げられていなかったゴミ屋敷や8050問題などが、現場ではすでに課題となっていたことがよくわかる。

「家は異界である」と著者は言う。そのココロは「我々が患者の家を訪問し、室内に足を踏み入れることは相手の心の中を訪うことでもある」(p.58)。しかし、だとすれば、なんとすさまじい内面の持ち主が世の中には多いことか。胸の高さまで積み上がったゴミの山。窓もドアもびっしりと目貼りして真っ暗の室内。壁一面に書きつけられた妄想の数々。これが心の中だとすれば、いったいわれわれはどのようにかれらを「援助」していけばよいのだろうか。

本書には、著者の精神保健福祉センターでの臨床援助経験をもとにした、支援のためのヒントがちりばめられている。面白いのは、家族に影響を与えることで間接的に本人を変えることがあるという指摘。例えば認知症で問題行動がひどく、家族が疲弊した家庭がある。ところが「入院の面接のため1週間後に自宅に行きます」と家族に告げると、実際に行った時は問題行動がぱたりと収まってしまい、認知症で回りをさんざん困らせていた当の本人が、来訪したスタッフにお茶を出したりするというのである。なぜこんなことが起きたのか。

著者は、1週間後に専門のスタッフが自宅に来るという見通しが家族に安心感と余裕を与え、それによって家の中の雰囲気が平穏になったことが大きいと言う。それまではピリピリした雰囲気で何かするとすぐ怒られ、不安に感じていたため問題行動が起きていたのである。だから、訪問の見通しを告げるという対人援助以前の段階で、すでに劇的な改善がみられたというわけなのだ(だからといってめでたしめでたしではない。訪問の結果入院ができないとなると、家族はまた前のような悪循環に逆戻りしてしまうだろうから)

援助者に必要なのは「心の余裕」だと、著者は何度も強調する。しかし、それは危機感が薄く鈍感であることを意味しない。むしろなすべきこと、考えられるありとあらゆる援助方法をすべて試してそれが失敗に終わり、「打つ手がない」と観念した瞬間に、何らかの偶発的な出来事が起こったりして、事態が大きく進んだりするのである。「人事を尽くして天命を待つ」とはよく言ったものだ。

ただサボって天命を待つのではない。人事を尽くし、それでもなお人の手の及ばない領域があることに思いを致すこと。その時に生まれる根本的な心の余裕こそが、真の意味で人に影響を与えるのだろう。なかなかにしんどい仕事ではあるが、だからこそ対人援助職は面白い。そうそう、援助職には好奇心が必要だ、とも著者は言う。なんでこんなふうになってしまうのか、なんでこんな奇妙な振る舞いをするのか。あまり思い悩みすぎず、好奇心をもって眺めるくらいが、距離感としてはちょうどいいのかもしれない。