【2545冊目】中島梓『ガン病棟のピーターラビット』
この人は生涯に、ガン闘病記を3冊書いている。以前取り上げた『アマゾネスのように』、本書、そして最期の日々を綴った『転移』である。何度もガンになってしまう人は少なくないが、そのたびに闘病記を書き上げてしまうのはこの人くらいだろう。
前の『アマゾネスのように』では、乳ガンを経て通常の日々に戻る(もちろん完全に元通りとはいかないが)までのプロセスを綴っていたが、本書では、ガンの経験が著者の人生の転機になっている。ガン治療を経て、著者は「壮年」から「晩年」へ、たくさんのことをエネルギッシュに成し遂げてきた日々から、無理をせず、本当にやりたいことに向かって人生を絞り込んでいく時期を迎えたのだ。
「もう、ひとのおもわくなどかかわりはない、本当に大事なことだけを、やらなくてはならないことだけをまっしぐらに、残された限りある時間でやってゆかなくてはいけない」(p.137-138)
もちろん、ここでいう「本当に大事なこと」とは、著者にとっては「書くこと」だった。ライブも演劇も宴席もやめて、本当にすべての人生の時間を創作に捧げた。つねにその中核に『グイン・サーガ』があることは、かつての愛読者として感慨深い。本当に著者は、命を注ぐようにしてあの壮大な物語を生み出していたのである。
もうひとつ。ひょっこりと本書に登場する藤井宗哲という人が、とても印象に残った。著者が先ほど書いたような透徹した認識に至ったのも、ガン治療の日々に加えて、この人の影響が大きいようなのである。禅寺の和尚さんであって、精進料理を供する庵を鎌倉に結んでおられ、ある日ふいと亡くなられたとのこと。この人の「魂を満たす」という料理を、一度味わってみたかった。