自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2379冊目】美輪明宏『愛と美の法則』

 

愛と美の法則

愛と美の法則

 

 

「この世の中には、愛と美さえあればそれだけで充分なのです」(p.2)

 

一行目から展開される絢爛豪華の美輪ワールド。竹久夢二高畠華宵蕗谷虹児中原淳一(ひとつでも知らない名前があったら、即刻ググるべし)。三島由紀夫寺山修司との親交。そしてエディット・ピアフへの傾倒。美しいもの、良いもの、愛すべきものとはどんなものかを知りたければ、美輪明宏を入口にすべし。

着物から浮世絵まで、華やかな美に満ちていた江戸時代。西洋文化との融合を経て、新たな文化が花開いた大正から戦前の時代。戦後の焼け跡から新たな美を生み出した人々の戦い。そんな時代を経て、しかし、なぜ現代の日本にはこれほどまでに、生活の中に心躍る「美」が失われてしまったのか。

そうした著者の嘆きには、単に「昔はよかった」というだけではない、時代を超えた美学と信念を感じる。華やかなシャンソン歌手から転じて貧しい人々の生活を歌った「ヨイトマケの歌」を生み出した著者は、民放では放送禁止歌となり(なぜかNHKだけは大丈夫だったらしい)、多くの批評家や文化人からもバッシングされたが、それでもこの歌を歌い続けた。シャンソン歌手のほうが儲かるに決まっている。だが著者は、自分が大事だと思うこと、歌うべきだと思うことのほうに賭けたのだ。そして出会ったのが、貧困と差別に苦しみ続けた多くの女性たちからの、感謝の言葉と涙だったのだ。

著者自身も女装や同性愛というマイノリティに属し、それゆえの差別も苦しみもあった。周囲にも、親族によって無理やり結婚させられそうになって首をくくった人、占領期に米兵との間に子供が生まれ、そのことを責められ自殺した人、部落差別にさらされてやはり自殺した人がいた。今でもLGBTなどと言われて一見認められたように見えるが、差別も偏見も何もなくなってはいない。著者がかつて思ったという次の言葉は、残念ながら、今でも十分に通用する。

「男も人間なら女も人間。だとすれば、男が女を愛しても、女が男を愛しても、男が男を愛しても、女が女を愛しても、人間が人間を愛しているという図式に変わりがない。それなのに、自分たちと性癖や好みや趣味が違うというだけで、人を蔑視したり差別する。これは傲慢以外のなにものでもない。まるでファシズムです。独裁者です。自分と主義主張が違う、好みが違う、器量や年齢が違う、国籍が違う。だから葬ってしまえという。これは無知蒙昧な独裁者がやることです。こんなことが戦後の民主主義の世の中にまかり通ってなるものか。これは絶対に戦うべきだと思ったのです」(p.248)

 

 

思えば美輪明宏が、その「美学」とは真逆とも思えるテレビのバラエティ番組に出続けているのも、この「戦い」の一環なのかもしれない。そして、冒頭の「この世の中には、愛と美さえあればそれだけで充分」というフレーズは、一見するとうわついた一輪の花みたいなものと見えるかもしれないが、その根っこにはこうした思いが深く伸びているのである。だから美輪明宏の発する言葉は、それがバラエティ番組のコメントであっても、他の連中とは全然違うのだ。