自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2530冊目】六車由実『介護民俗学という希望』


『驚きの介護民俗学』という本には、文字通り驚かされた。介護現場こそがもっとも豊かな「語り」の場であり、現代の古老は老人ホームにいる。そして、介護現場では「傾聴」は行われているかもしれないが、高齢者たちの話を本当に「聞けて」はいないという痛烈な指摘が、そこにはあった。


『驚きの介護民俗学』が民俗学から介護現場への「殴り込み」だとすれば、本書『介護民俗学という希望』は、民俗学から介護現場へのプレゼントだ。ここでは、著者の方法論と、自身が勤めているデイサービス「すまいるほーむ」での実践の知恵が絶妙にブレンドされ、その先に新たな介護の地平がひらかれている。


たとえば「思い出の味」の再現を試みるイベントがある。これは、利用者への聞き書きの中で出てくる、母親が作ってくれた料理などの「思い出の味」を、実際にみんなで作って食べてみるというものである。この試みが素晴らしいのは、誰か一人の利用者が「主役」となれることだ。大人数の利用者を介護する施設では、利用者一人ひとりの個性や存在がフィーチャーされることはあまりない。だが、この「思い出の味」では、一人の利用者がみんなにレシピを教え、場合によっては料理の腕前を披露し、そしてその人の「思い出の味」をみんなが一緒に味わうことで、全員がその人の人生に寄り添える。もちろんその人自身も、自分の人生を再評価し、みんなに共感してもらえるのだ。


「灯籠流し」もすばらしい。これは地域のイベントへの参加であると同時に、利用者が「死に向き合う」ための作業にもなっている。著者が言うように、もともと介護施設では「死」があからさまに口にされることは少ない。利用者が亡くなっても他の人には知らされず、ひっそりといなくなる。だが著者は、「すまいるほーむ」では「死をタブー視せず、みんなで共有して向き合って」いこうと考えたのだ。そのための実践が「灯籠流し」であった。


実際に川に灯籠を流すのはスタッフがやるようだが、利用者はみんな、亡くなった方の名前を灯籠に書く。配偶者の名前を書く人もいれば、実の母親を書く人もいる(父親の名前を書く人は誰もいなかったらしい)。部屋の明かりを消して灯籠のロウソクに点火すると、筆で書かれた名前が浮かび上がる。ふだんは気丈な利用者が急に泣き出したりといったこともあるらしいが、それも含めて、これはやはり身近な人の、ひいては自分自身の「死」に向き合い、思いを語り合うための絶妙な仕掛けなのである。


他にもさまざまなことが行われているのであるが、全体を通して感じたのは、著者や「すまいるほーむ」のスタッフが、実に丁寧に利用者と向き合い、その気持ちや意向を中心に介護を行っていることだ。障害者福祉や障害者運動の中ではよく言われてきた「当事者中心」あるいは「当事者主権」の高齢者版が、ここには息づいている。


障害者運動では、障害当事者による主張と戦いを通して、この「当事者主権」が少しずつ実現されてきたが、高齢者福祉の世界では当事者運動は皆無にひとしい。著者の展開する「介護民俗学」は、こうした当事者運動の代わりに、高齢者福祉の世界に当事者主義を導入しようとしているように見える。奇しくも著者は「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」という、障害者権利条約の基本となっているテーゼを本書で持ち出している。当事者運動として共闘することが難しい高齢者にとって、それは思いがけない方向からもたらされた福音なのかもしれない。