自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2215冊目】上野千鶴子・中西正司編『ニーズ中心の福祉社会へ』

 

ニーズ中心の福祉社会へ―当事者主権の次世代福祉戦略 (シリーズ ケアをひらく)

ニーズ中心の福祉社会へ―当事者主権の次世代福祉戦略 (シリーズ ケアをひらく)

 

 



本書の共編者のお二人は、以前『当事者主権』という本を共著で出されている。本書はいわばその応用編。多彩な著者を得て、「ニーズとは何か」「当事者とは何か」「望ましいケアのあり方とはどういうものか」といったテーマが、深く広く論じられている。

上野千鶴子による第1章「当事者とは誰か?」がおもしろい。従来のニーズ概念を「当事者にとって顕在/潜在」「第三者にとって顕在/潜在」の二軸でシンプルに整理し、当事者を「ニーズの帰属する主体」と、これまた明快に定義する(具体的には「顕在化されたニーズの帰属先としての主体」)。ここから見えてくるのは、福祉というもの、ケアというものが常に「当事者ニーズ」に向いていなければならないという、明確な方向性と確信である。

当たり前と言えば当たり前なのだが、この点が現場の実践の中ではどうしてもあいまいになりやすい。例えば、利用者と家族の意向が異なる場合はどうするか。利用者の主観的なニーズと、第三者から見たニーズがズレている場合はどうか。もちろん実際にはいろいろな葛藤があり矛盾があるのであって、なかなか理屈通りにはいかない部分もあるだろうが、拠って立つ理念がはっきりしているというだけで、少なくとも考え方の「筋」は見えてくる。

もちろん、ニーズはすべてが顕在化しているわけではない。むしろ、潜在化したニーズをどう扱うか、どう可視化するかが問題になる。この点を、高齢者虐待という視点から分析するのが、第4章「ニーズはなぜ潜在化するのか」(春日キスヨ)である。特に息子から高齢の母への虐待のようなケースは(これが組合せとしては最も多い)、加害者である息子を被害者である母がかばうことで、母の福祉的なニーズが潜在化してしまうというなんとも痛ましい構造がある。

現状分析からあるべき制度設計の提案まで、得るところの多い一冊だ。ちなみに、ニーズをすべて叶えていたら財政的に成り立たなくなるという批判もあろうが、第10章「当事者主権の福祉戦略」(中西正司)によれば、高額所得者の累進課税と企業税(法人税のことか)を1990年当時に戻すだけで22兆円の財源が生まれるという。さらに、1,500万円を超える金融資産に3パーセントの税を課すと30兆円だ。一方、介護保険障害福祉サービスをすべてのニーズに応えるだけ給付し、住宅手当月4万円と障害年金月12万円を提供、特別障害者手当を月6万円増額しても、必要な財源は3兆4,000億円。つまり、本気になればできないことではないのである。言い換えれば、それほど日本は高額所得者を優遇し、所得の再分配がうまくいっていないということなのだろう。

 

 

当事者主権 (岩波新書 新赤版 (860))

当事者主権 (岩波新書 新赤版 (860))