【2268冊目】中尾真理『ホームズと推理小説の時代』
ホームズ派かルパン派かと言われれば、私は完全にホームズ派だった。御多分にもれずポプラ社の江戸川乱歩から入り、中学生のころどっぷりとシャーロック・ホームズにハマった。もっとも、その後はエラリー・クイーンやアガサ・クリスティなどを読むようになり、すっかりホームズからは遠ざかっていた(BBCドラマの現代版ホームズ『シャーロック』が久々の再会だった)。
そんな私にとって、本書はひたすら懐かしい一冊だった。ワトソン博士との名コンビ。鳥打帽にパイプ、拡大鏡といったトレードマーク。アイリーン・アドラー、モリアーティ教授といった魅力的な敵役の存在。「ベイカー街221B」という表示を見るだけで、背筋がゾクゾクする。
本書はホームズを軸に置きつつ、その後の推理小説の展開を描き出す意欲的な一冊だ。ちなみに著者の専門は英文学だが、メインはジェーン・オースティンなどの「正統派」。本書を刊行したのは、大学から引退したのを機に「長年、趣味でこっそり読んでいた読書を公開」しようと思ったからだという。なるほど、確かに本書は、アカデミックな硬さがなく、趣味的な遊び心があふれている。
「ホームズ後」の推理小説の展開も面白い。ドイルの後継者と言われても、私程度では、クリスティやクイーン、あるいはチェスタトンやヴァン・ダインくらいしか思いつかないが、本書ではベントリー、セイヤーズ、ガードナー、スタウトといった名前がずらりと並ぶ。中でびっくりしたのは、あの「くまのプーさん」のA・A・ミルンが『赤い館の秘密』という古典的な推理小説を書いていたということ(タイトルだけ見れば綾辻行人かよ、という感じだが)。しかもこの小説、横溝正史の『八つ墓村』に影響を与え、江戸川乱歩も「ミステリー・ベスト・テン」の一冊に挙げているほどの名作であるらしい。
ちなみに、日本のミステリ小説界は、綾辻行人、法月綸太郎、有栖川有栖あたりを極点とする「本格推理派」がやたらに多かった。これはドイルやチェスタトンらが日本に紹介された後、ベントリーやクロフツらをすっ飛ばしてなぜかヴァン・ダインのようなガチな本格推理派が入ってきたことが影響しているらしい。ちなみに日本ミステリのもう一つの流れは、松本清張から高村薫、宮部みゆきに連なる社会派ミステリであるが、こちらはどういうルーツがあるのだろうか。
とにかく推理小説は面白い。予備知識はなくとも、ただひたすらに読んでいるだけで幸せなのだが、本書のようなウンチクを愉しむことも、また読書の悦楽のひとつであろう。ちなみに著者は「推理小説というのは精神の遊びであるから、よほど暇で心がくつろいでいないと読めないものである」(p.327-8)と書いている。推理小説がどんどん書かれ、また読まれる社会というものは、それなりに平和で良い社会なのかもしれない。

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