自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1334冊目】フェルディナント・フォン・シーラッハ『罪悪』

罪悪

罪悪

1作目の『犯罪』があまりに面白かったので、その水準をキープできているかどうか、実は本書を手に取る前はちょっと心配だったのだが……結論から言うと、前作「以上」とまでは言えないかもしれないが、前作「並み」の面白さは健在で一安心。ということはこのシーラッハ氏、弁護士としてだけではなく、書き手としてもホンモノ、ということだ。

前作同様、自身の弁護士としての経験から書き起こした短篇が並ぶ。今回印象的だったのは、ショートショートに毛の生えた程度の短い作品のキレの良さ。「解剖学」のブラックさ、「アタッシェケース」の奇妙な味、「秘密」の見事なオチなど、いずれもすばらしい。

今回特に「うまいな〜」と唸ったのが、一作一作のオチの付け方というか、ラストの一段落、一行のつくりかた。犯罪に加担したり、巻き込まれたりした人々の人生の切なさや哀しさ、弁護士としての後味の悪さも全部ひっくるめて、いろんな感情をそこで見事に着地させ、その後にじんわりと余韻を残す。いや、最後の一行だけではなく、文章全体も事実だけを淡々を並べているような乾いたスタイルのようでいて、行間からいろんな感情がたちのぼってくる。書きすぎていないのが、いい。

いろいろ印象的だった作品も多いが、短篇としての面白さをもっとも感じたのは「鍵」だろうか。犯罪者モノのコメディとして、単発のテレビドラマやショートフィルムにできそう。「間男」の女性弁護士の機転、「雪」の老人と雪の組み合わせも忘れがたい。もちろん著者の「味」である後味の悪さが後を引く作品もたっぷりと堪能できる。

しかし実は、シーラッハという「作家」を考える際に本書でもっとも重要なのは、冒頭の一篇「ふるさと祭り」であるように思われる。下りた幕のうしろでひとりの女性をよってたかって暴行したバンドのメンバーのうち、一人は警察に通報し、残りは暴行の加害者という状況で、全員の無罪を勝ち取った若き日の記憶。裁判所から出た時にみた、階段に座り込む被害女性の父の姿。その何とも言えない苦々しさこそが、著者の原点であり、本書や『犯罪』の全編を貫く通奏低音なのではないだろうか。

犯罪