hachiroetoのものぐさ遊読帖

自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【533冊目】河合隼雄「神話と日本人の心」

神話と日本人の心

神話と日本人の心

著者の本を夢中になって読んでいたのは大学生の頃だから、もう10年以上前になる。心理学を専攻していたこともあるが、豊富な臨床体験と膨大な知識に裏打ちされた智慧の深みと、そこに醸し出される著者の人間性の深みに、ほとんどファンのようにはまっていた。文化庁長官になったと聞いた時には驚き、2007年の逝去には大きなショックを受けた。しかし、その著書からはずいぶん遠ざかっていたような気がする。

しかし、日本神話を辿る中で、河合隼雄を通過しないわけにはいかない。本書は氏の文化庁長官就任後に書かれたもので、これまでの著作のうち日本神話関係のものとしては集大成的な位置づけにあたる。相変わらず面白い。論理的にぎちぎちと詰めていくタイプの文章ではないのだが、自然と著者の論理に納得し、なるほど、と思わされている自分がいる。特に、無理やりものごとを単純化させず、いわば複雑さを維持したまま分かりやすいハコビで思考を進めるという、臨床家ならではの視点が光っている。

本書は、古事記日本書紀の記述を比較しつつ、諸外国の神話や伝承と日本神話を対比し、その思いがけない共通性や独自性を明らかにするものとなっている。特に、近隣のアジア諸国の神話のみならず、遠く離れたギリシア神話ケルト神話と同じようなエピソードが日本神話に見出されるところが面白い。また、その中で見られる微妙な違いから、日本人の独自性に話を導く手際も鮮やか。

さらに、神話を単に時系列的に追っていくだけでなく、共通する要素を複数の時点からピックアップし、そこに特性を見出していく。とりわけ、「3つのトライアッド」から日本独特の「中空構造」を導き出すあたりは、さすがに著者の独壇場である。これは、天地創成の折の「タカミムスヒ・アメノミナカヌシ・カミムスヒ」、イザナギから生まれた「アマテラス・ツクヨミ・スサノヲ」、火中の出産により生まれた「ホデリ(海彦)・ホスセリ・ホヲリ(山彦)」の3組の3神である。著者は、この3神の組み合わせにおいて、いずれも中心となる1神(アメノミナカヌシ、ツクヨミ、ホスセリ)が「徹底して無為」であることに着目し、そこから、中心となる存在が何もしないことで周囲が動き、さまざまなダイナミズムや揺り戻しを通じてバランスを取っていくという日本社会の構造を導く。この「バランス」という視点も日本神話全体の特徴とされるが、それが一神教的な強力な統制によるバランスではなく、「虚無の中心」によるバランスであるところが面白い。

他にも示唆に富む指摘が多く、改めて学びの多い一冊であった。「老賢者」はユングによって提起されたアーキタイプの一つであるが、私にとって著者はまさしく「老賢者」のごとき存在であったことが思い出された。