自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【447冊目】吉村昭「東京の戦争」

東京の戦争 (ちくま文庫)

東京の戦争 (ちくま文庫)

著者は1927年生まれで、終戦時には18歳であったという。陳腐な言い方かもしれないが、多感な青春時代を、戦争と占領、空襲と飢えの中で送ったことになる。本書は、そうした戦争にまつわる体験を、著者自身のやわらかな心にくっきりと刻み込まれた形のままに語った一冊である。

とはいっても、本書は戦争の悲惨さや残酷さ、占領下の生活の惨めさや辛さなどを、ことさらに訴えかけるようなことはしない。むしろ、意外なほどに淡々と、抑えた言葉で当時あったことや思ったことを綴っている。しかし、その裏には、リアルタイムで戦争を体験した方ならではの、みっしりと詰まった「事実」の重みが感じられる。空襲の体験にしても、むざんな死体が転がる凄惨な光景が、静かな筆致であるがゆえにかえって真に迫ってくる。

中でもはっとさせられたのは、十万ともいわれる空襲犠牲者の死体処理にあたった軍隊や警察、消防、そのために駆り出された受刑者たちへの言葉である。著者はこう書いている。

空襲直後に焼跡に散乱し、川にうかんでいた多くの死体は、またたく間に一般人の視野から消えた。それは、軍隊、警察官、消防団員に受刑者も加わった人々の、必死の作業によるものであったのだ。
(略)十万体にも及ぶ死体を収容したこれらの人々の努力は、戦史に銘記されるべきものである。

戦争、とくに空襲に関しては、これまで何冊かの本を読んできたが、その中で死体収容に携わった方々に目を向けたものを読んだのは本書が初めてかもしれない。私自身も、十万人が亡くなったという「史実」は知っていたが、恥ずかしいことに、その死体を運び、穴を掘り、埋めた人々のことを考えたことはなかった。このようなまなざしが本書では随所に見られ、本書を、戦争体験の記録を超えた何かにさせているように思える。