自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2249冊目】中島京子『小さいおうち』

 

小さいおうち (文春文庫)

小さいおうち (文春文庫)

 

 

戦前から戦中にかけての日々を、東京の中流階級の家で働く女中の目から描いた作品……という「説明」を読むと、なんだかあまりぱっとしない小説という印象を持たれるかもしれない。ところが、これが読み始めるとやめられない面白さなのである。地味といえば地味な話を書きつらねながらも、ページを繰る手が止まらなくなるのは、さすがの「語り」の巧さというべきか。

満州事変、南京占領、真珠湾攻撃ミッドウェー海戦、そして空襲に疎開といった、教科書に載っている「歴史」は、「現代」からみれば、言うまでもなくすでに終わった出来事であり、後の世代によって書かれたもの。だが、その時代が「現代」であった当時の日本人は、こうした出来事をどのように知り、感じていたのだろうか。本書で描かれているのは、まさに「現代」としてあの時代を生きたタキという一人の女性のリアルタイム視点なのである。その印象をひと言でいうと「明るい」。物資の不足もピリピリした世相もすべて込みにして、ユーモアでくるんで差し出す著者の手腕が光っている。

「小説」という言葉が文字通り「小さな説話」「小さな物語」を意味するとすれば、本書はその本来の意味での「小説」の醍醐味を濃密に味わうことのできる作品である。歴史を「現在」の立場から振り返って語るのではなく、評価は後回しにして、良いものも悪いものも、徹頭徹尾等身大で描く。だからこそそこに秘められた人間ドラマが、切なく読み手の胸に刺さるのである。

ところでこのタイトルと表紙のデザインをみて、バージニア・リー・バートンの絵本『ちいさいおうち』を思い出す人も多いだろう。実際にはこれは、戦後絵本作家となった本書の登場人物「板倉さん」による『小さいおうち』なのであるが(その意味もまた、最終章でようやく明かされるのであるが)、それはそれとして、私はこの主人公のタキ自身が、まさに社会の荒波の中にどっしりと立った「小さいおうち」として世の中を眺めつづけた、あの絵本どおりの「ちいさなおうち」に見えてしょうがなかった。生活感覚で戦争を知るためにも本書は必読だが、まずは読者自身がタキさんの「目」になって、楽しく切ない人間模様をたのしまれたい。

 

ちいさいおうち (岩波の子どもの本)

ちいさいおうち (岩波の子どもの本)