自治体職員の読書ノート

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【1351冊目】コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

父親と幼い息子が、ただひたすら、荒れ果てた世界を旅する。

説明は、ほとんどない。なぜこれほどまでに世界が破壊されたのか(核戦争?)。舞台はどこの国か(アメリカのような気がする)。どうして親子はひたすら「南へ」向かっているのか。親子の名前すら、この小説には登場しない。

にもかかわらず、読み始めると止まらない。頁を繰る手も止まらないが、涙腺も止まらなくなる。特に親子の会話が、たまらない。あまりにも切なく、あまりにもいとおしい。同じくらいの年の息子がいるだけに、余計に心に沁みとおった。

息子にいろんなことを聞かれ、父は「わからない」とよく口にする。たしかに、父にとっても未経験の世界である。分からない事だらけだろう。しかし父親として言うと、息子に知らない事を問われて「わからない」と一言で答えるのは、実はけっこうむずかしい。知ったかぶりまではいかなくても、多分こうだろう、こうなのではないか、といった推測を交えたくなる。「知っている自分」「分かっているオヤジ」を演じたくなる。そこを「わからない」とだけ答えるのは、かえって息子に対する真摯な気持ちであり、こう言ってよければ誠意であろう。

一方、息子は「わかった」とよく口にする。無法者の存在や飢えの恐怖に怯えつつ、食料や水を求めてさまよい歩く旅は、幼い子供にとってどれほど過酷な試練だろう。だが、息子は父の言葉におどろくほど従順に従う。父の言葉に素直にうなずき、自分の抱えるエゴや不安や無力を心の奥底に閉じ込める。そのことを父もまた、わかっているように見える。

核戦争後の「冬の世界」を思わせる、邪悪で過酷な世界観。「訳者あとがき」にも指摘されているとおり、まるで「北斗の拳」のような弱肉強食ワールド。しかしその中で生き抜こうとするのは、暗殺拳法の使い手どころか、拳銃ひとつを持っただけの無力な親子なのだ。親子は自分たちを「火の運び手」と呼ぶ。そして確かに、荒涼とした世界をひたすら南へ進む親子は、何か人間にとって大切な「善なるもの」を守りながら、誰かに手渡そうとしているように見える。

中でも息子の存在は「善」そのものだ。父が汚れ役となって時には敵を射殺したりモノを奪ったりするのに対し、息子はそんな父に護られて無垢な天使のままだ。ひょっとして彼らが運んでいる「火」とは、この息子にそなわった無垢と善そのものなのではなかろうか。

極限状況での善と悪、生と死、親と子をギリギリで描くすさまじい小説。それを描き切った著者の文章も、極限まで無駄をそぎ落とした見事なものだ。100年後まで残る傑作。