【2778冊目】草森紳一『その先は永代橋』
博覧強記、稀代の読書家であった草森紳一は、2008年、門前仲町の自宅で、本に埋もれるようにして亡くなりました。本書はその晩年に書かれた2つの連載エッセイを収録した一冊です。
第一部「その先は永代橋」は、永代橋という「場所」にまつわるあれこれを取り上げたエッセイです。そこに登場するのは清河八郎に小津安二郎、河竹黙阿弥に七代目団十郎と多士済々。しかもそこから四方八方に雑学の触手が広がり、思わぬところにつながっていくのがおもしろい。
第二部「ベーコンと永代橋」のベーコンは肉ではなくて、著者が愛してやまない画家フランシス・ベーコンのことです。こちらはあまり永代橋にはこだわらず、むしろ著者の日常(突然血を吐いて立てなくなったり、だらだら歩くデモの列に遭遇したり、突然『スラムダンク』にハマったり)と、著者の愛好するベーコンやエイゼンシュタインに関する文章がいりまじっています。
中で目立つのは、やはりベーコンへの絶賛ぶりでしょう。著作から、著者がフランク・ロイド・ライトや荷風や李賀に傾倒していたのは知っていましたが、それを上回るハマりっぷりです。たとえばこんな感じ。
「そのころの私の心は、漫画とか、写真とかデザインに向っていたためもあって、ベーコンの絵にすぐそのうちの『写真』の匂いを嗅ぎとったのは、事実だが、ポップアートとはちがう、はるかに抜きさっている本格絵画の奇跡的登場を感じとった。彼の世界に追従しうるものは、生まれないし、孤立したまま彼は王冠をかぶるだろう。そこには、建築、装飾をふくむ西洋美術史のすべてが詰っている。しかも、現代のグラフイズムのすべてが彼の武器としてとりこまれ、そのまま人間の歴史、人間とはなにかを否定的に問うている。しかも歪み、屈折屈曲しているが、堂々としている。しばしば攻撃的なものは、どこか痩せたところがあるのに、それがない」(p.304)
長い引用になってしまいましたが、それにしても渾身の絶賛といえるでしょう。ここまで褒め尽くされると、その絵を見ずにはいられなくなりそうです。なぜ草森紳一は、フランシス・ベーコンを語り尽くした一冊を書かなかったのでしょうね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!