【2692冊目】齋藤亜矢『ヒトはなぜ絵を描くのか』
岩波化学ライブラリーの一冊。100ページほどの薄い本ですが、内容は充実しています。
「絵を描く」ことは、ヒトであれば幼児のころから当たり前のようにやっています。
でも、それができる動物はほとんどいない。なぜでしょうか。
本書はそこを解き明かすことで、ヒトにひそむ「認知」と「運動」の機能に迫ります。
その謎を解くカギのひとつは「幼児の絵」にあります。
たとえば、3歳くらいの子どもの絵には、ときどき「上下逆さま」のものが見られるそうです。
実験で、ネコの耳のようなラインを紙に引いて、それをひっくり返しておく。
4歳くらいになると、「あ、さかさま」と言って、紙をひっくり返した上で(つまりネコの耳が上向きになった状態にして)ネコの絵を描くのですが、
これが2,3歳くらいだと、逆さのネコ耳に合わせて、逆さのネコを描くことがある。
また、大人でも脳梗塞などの脳疾患があると、逆さの絵を描くことがあるそうです。
ここから著者は、ヒトには「観察者中心座標系」と「物体中心座標系」の二つがあるのではないかと仮説します。
この両者は成長過程のどこかで統合されますが、幼い頃は両者が独立しているため、観察者の向きにかかわらず物体を捉え、描くことができるのではないかというのです。
描画と言語の関係も興味深いものがあります。
言葉の使用と絵を描く行為はどちらが先なのでしょうか。
著者は、言語の獲得によって、「描く」ことに必要な認知的能力が獲得されるのではないかと言います。
一方、実際に絵筆をもった手を動かす運動調整能力は、石器を作り、使うことにより培われた技術の副産物であると考えるのです。
なるほど、そう考えると「絵を描く」という一見単純な行為は、実は高度な認知能力と運動能力が要求されるものであることがわかります。
実際、ラスコーやアルタミラなどの洞窟壁画は、壁面の凹凸なども活かしながら、非常にシンボリックに、しかも生き生きと描かれています。それも、目の前にバイソンや馬がいない場所で。
「絵を描く」という行為ひとつとっても、なんとも奥深いものであることがわかる好著です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!