自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2274冊目】大高保二郎『ベラスケス』

 

ベラスケス 宮廷のなかの革命者 (岩波新書)

ベラスケス 宮廷のなかの革命者 (岩波新書)

 

 

王室画家としてフェリペ4世に仕えつつ、数々の傑作をものしたベラスケスの生涯と作品をコンパクトにまとめた一冊だ。

芸術家というと破天荒なアウトサイダーが多いように思えるが、ベラスケスは生涯にわたって王室に仕え、絵を描くだけでなく芸術品の収集などにもあたっていた。一見、堅実かつ順風満帆の人生のように見えるが、著者はそこに、ひとつの仮説を導入してみせる。

ベラスケスの生涯に倣ったわけではないにせよ、本書自体も基本的には堅実で着実な内容なのだが、そこだけは著者があえて踏み込んだ。それが何だったのか気になる方は、どうぞ本書を最後のほうまでしっかり読まれたい。それはベラスケスの生涯に関わる秘密であると同時に、ベラスケスの作画に関わる秘密でもあるのである。

さて、ベラスケスと言えば肖像画である。とはいえ、その迫力とリアリティはとんでもないもので、私も実際に見て感じたのだが、目の前にそういう人物がいるかのような錯覚さえ呼び起こす。その人がどんな振る舞いをし、どんな声でしゃべるかということまでが、絵を見ていると感じられるのだ。著者はそれを「存在そのものを描けた画家」と表現する。

ベラスケスの描く人物は、その人物自身がもつ魅力で「魅せる」のだ。王や教皇という肩書ではなく。そういう人物に肖像画を描かせるなんてよほど自分に自信があるのだろうが、そうやって描かれた人物像は、時代を超えて「今でもこういう人っている」と思わせる存在感がある。市井の人物を描いても同じような存在感を持たせるのだ。障害者(矮人)を描いても、障害を隠しも強調もせず、その人そのものをそこに現前化してみせる。まるで魔術のような画力である。

画題は平凡、だがその絵は非凡。そんな特徴をなんと小津安二郎の映画と重ねて、著者は言う。「小津映画のテーマの普遍性は、ベラスケス絵画の、平凡な日常に潜む非凡なる尊厳に相通じるものがあるのではなかろうか」(p.266)。奇行をもって非凡とみられる程度では大したことはない。平凡でありながら非凡であること。それこそが本当の非凡なのである。