自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2686冊目】沢木耕太郎『凍』


山野井泰史と、山野井妙子。トップクライマーの夫婦が挑んだのは、ヒマラヤのギャチュンカンだ。高さは8000メートルをわずかに下回るが、「素晴らしい壁があり、そこに美しいラインを描いて登れる」ことが期待できたからだ。彼らにとっては、8000メートル超えの名声よりそっちのほうが大事なのだ。


本書は壮絶な山岳ノンフィクションである。ギャチュンカンに挑む2人を襲う、困難に次ぐ困難がすさまじい。わずかな氷の裂け目を辿って何時間も登り、絶壁を削ってできたスペースで眠る。足は冷え切って痛み、目は見えなくなり、妙子に至っては食事も受け付けなくなる。その上、何度も雪崩に襲われ、身体が次第にいうことをきかなくなり、動かなくなる。


しかし、そんな数々の困難に屈することなく、2人は常に冷静に解決法を考え、実行していく。とてつもないメンタルの強さとしなやかさだ。


特に、恐怖心に関するくだりは興味深い。妙子は「本質的に恐怖心をもっていないらしい」という。だから恐怖でパニックになることがなく、常に冷静で大胆な判断を下すことができる。一方、泰史は「臆病なくらい慎重」だ。それは一見すると欠点に思えるが、実は「恐怖心が慎重さや緻密さを生む」のであって、だからこそ泰史は常に危険な山から生還できていたのだ。そして、その慎重さは、一緒に山を登る自分の命を守ってくれていたと妙子はいう。泰史のほうもこう言っているという。「妙子が僕と結婚したのは、山で死なないためなんだ」


ギャチュンカンで、結局泰史は右足の指全部と、左右の手の薬指と小指を失うことになる。妙子はもともと、完全に残っている指が片足の2本だけだったが、途中関節まで残っている指もすべて付け根から切り落とすことになった。だが、それでも2人は次の登山の計画を立てはじめる。妙子に至っては、ほとんど手のひらだけになってしまった両手で料理や家事までできるようになってしまうのである。いやはや、ものすごい夫婦である。だが、これ以上の似合いの夫婦もいないだろう。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!