自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2685冊目】ギ・ド・モーパッサン『オルラ/オリーヴ園』

 


モーパッサン晩年の短篇集。「ラテン語問題」「オルラ」「離婚」「オトー父子」「ボワテル」「港」「オリーヴ園」「あだ花」の8篇が収められている。


際立って異質なのが「オルラ」である。モーパッサンの短編は、どんなに悲惨な展開であってもどこかに作者の冷めた眼が感じられるのだが(本書でいえば「港」とか「オリーヴ園」)、「オルラ」では、作者自身が狂気と錯乱に飲み込まれてしまっている。他の作品のような突き放した文章ではなく、現実と夢想、正気と狂気が混ざり合った文章で書かれているのだ。


「われわれに禍あれ! 人間に禍あれ! あいつがやって来た。(略)ル・オルラだ・・・あいつがやって来た!」(p.80)


作品全体が「わたし」の手記という形になっているのも効果的で、読者はいわば、「狂った人間」の視点からの光景を強制的に見せられることになる。見えない「あいつ」が歩き回り、本のページをめくる。その存在を確信した「わたし」のとった行動とは・・・ 


ちなみに、恐ろしいことに、この「オルラ」刊行後にモーパッサンの弟が精神に異常をきたして入院し(2年後に死亡)、モーパッサン自身も数年後に自殺を図って精神病院に入院、翌年に亡くなっている。偶然の一致と片付けるには、「オルラ」における精神を病んだ人間の描写がなんとも真に迫っている。怪奇小説の傑作というより、むしろ異形の問題作というべき一篇であった。


その後の作品をどんな思いでモーパッサンが生み出したのか知らないが、おそらくギリギリのところで正気を保つために、なんとか絞り出していたのではないだろうか。いったんは狂気に身を委ねたものの、そこから身をふりしぼって正気の彼岸に逃れようとし、それもかなわず狂気の淵に囚われてしまったのが、モーパッサンの晩年ではなかったろうか。