【2567冊目】吉野裕子『ダルマの民俗学』
ダルマといえば知らない人はいない、赤くてギョロ目のあの物体だ。そのモデルが禅の始祖、達磨大師であることはよく知られているが、では、なぜかつて実在した人物が、あのような形の「ダルマ」として親しまれるようになったのか。本書はその謎を「陰陽五行説」を補助線に解き明かす一冊だ。
本書の前半ほぼ三分の一は、この陰陽五行説の解説に割かれている。有名な十干十二支をはじめ、年や月、日といった暦から方位や色に至るまで、陰陽五行があらゆる領域に影響を及ぼしていることがよくわかる。ちなみに「土用の丑の日」にウナギを食べる理由についても、著者は陰陽五行説と結びつけており、「丑の日だから本来は牛を食べるべきだが、牛食はタブーだから同じ「ウ」のつくウナギを食べることになった」という説明がなされている。
それはともかく、ダルマである。ダルマの特徴である「赤い色」「大きな目」「おにぎりのような形状」そして達磨大師の「南インドという出自」は、陰陽五行でいえばいずれも「火」に通じるという。一方、仏教においても宇宙の根源的要素を地大、水大、火大、風大の四大と呼ぶ。特に「火大」を具象化したキャラクターである「火天」の特徴は、五行の「火」といろいろ重なり合っているらしい(もともと「火」という要素が共通なのだから当然だが)。いずれにせよ、ダルマのルーツは中国の陰陽五行にある、というのが著者の主張である。
本書はダルマに限らず、さまざまなものをこの陰陽五行で読み解いていく。面白いのは「凧」=「紙鳶(いかのぼり)」もまた、五行の「火」と重なり合う、というくだり。ダルマと比べても意外な組み合わせだが、まあ、この著者は以前読んだ『蛇』でもこの世のすべては蛇に由来する、と言わんばかりの勢いであったので、すべて真に受ける必要はないだろう。むしろ、さまざまなモノにひそむイメージのルーツを辿るための方法のひとつとして、その飛翔ぶりを楽しむのがよい。正解かどうかが問題なのではなく、イメージの根っこをしっかりとおさえつつ、そこからどれほど自在に「飛べる」かが大事なのだから。