自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2553冊目】マイケル・ルイス『マネーボール』

 

マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男

マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男

 

 

野球を題材にしたビジネス書としても有名な一冊。本書の「主人公」ビリー・ビーンらは、常識に囚われないこと、データをもとに合理的に考察し、実践に移すことの大切さを、愚直にスカウトの現場に持ち込んだ。そして、ヤンキースの三分の一の平均選手年俸ながら、オークランドアスレティックスプレーオフ進出の常連チームに仕立て上げてみせたのだ。

たとえば、打率にはみんな注目するが、実は大事なのは「出塁率」のほうだ。そこでは、単にバットをボールに当てる能力だけではなく、ボール球をしっかり見極められる眼が必要になる。ところが、バッティング能力は後から鍛えられるが、選球眼の方は「天賦の才能」がモノを言う。となると、スカウトの時にチェックすべきは、後から上達が見込める「打率」だけではなく、四球をどれだけ選び、出塁したか、という要素を加えた「出塁率」であるということになる。一方、「盗塁」や「バント」は、この球団ではほとんど「禁止」である。確かに得点につながる可能性はあるが、野球はそれより「いかにアウトを取られないか」が決定的に重要だからだ。わざわざアウトを増やす可能性を抱えて行う盗塁や、ましてアウトを前提に出塁を企てる「バント」は、まさに「的外れか自滅行為」としか評価されない。だからアスレティックスは、他球団に比べ盗塁の数が圧倒的に少ないという。

こうしたデータの積み重ねで獲得した選手は、評価基準が全然違うので、他の球団からはほとんど注目されず、それゆえ年俸が大変安い。そして、彼らが成果を出し、注目されるようになると、高いトレード料で彼らを放出し、新たに無名の(やはり同じような特質をもった)選手を補充していく。このあたりの情け容赦のないトレード・ビジネスぶりと球団間の駆け引きも本書の読みどころだ。いかに注目の選手をそれと気づかれずに安く引き抜き、自軍の選手を高く売りつけるか。まるで人身売買であるが、これもまたメジャーリーグ・ビジネスなのである。

もっとも、本書は単にこうした「新しいやり方」を提示するだけの本ではない。面白いのはむしろ、そこに登場する人物、特に「主人公」ビリー・ビーンの人間臭さだ。ゼネラル・マネージャーでありながらロッカールームをうろうろし、自軍の試合は(怒りやストレスが溜まるので)基本的に見ない。不機嫌になると子供のように怒鳴り散らすが、選手獲得の交渉は実に冷静でしたたかだ。そして、実はビリー自身、高校卒業と当時にメッツのスカウトから提示された金額に目がくらんでプロ入りし、大学進学を蹴ったものの、結局ものにならずドロップアウトしている。「なぜ自分が選ばれてしまったのか」という疑問が、慣例にとらわれないやり方の原動力になっているのだろう。

後にその手腕が評価され、レッドソックスから高額の報酬を提示されて引き抜かれそうになるのだが、ビリーは悩んだ末にそれを断ってしまう。その時のビリーのセリフが、この人の本質をよく言い表しているように思われる。ビリーはこう言ったのだ。

「わたしは、金のためだけに決断を下したことが一度だけある。スタンフォード進学をやめて、メッツと契約したときだ。そしてわたしは、二度と金によって人生を左右されまい、と心に決めたんだ」(p.417)

ビリー・ビーンが、自分を高く売り込むことばかり考えている連中と全然違うことがよくわかる。やはりこの本は、ビジネス書というよりは、よくできた異色の野球ノンフィクションなのである。