自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2554冊目】團伊玖磨『パイプのけむり』

 

 

13年にわたり書かれた名エッセイの、文庫版第一冊。第一作の「ハンドバッグ」は、女性のハンドバッグの中身が男性にとっては神秘の領域であることを的確かつユーモラスに綴っている。書かれたのは東京オリンピックの開催年でもあった1964年なんだが、現代にも十分通じる独特の味わいとキレがあるのがさすがだ。う〜ん。確かにあの中身って、気になるけど、なんか見てはいけない気分になるんだよねえ。

 

最初のあたりでは辛口の世相批判が多めだが、後半になるにつれてだんだん身近なネタを巧みに料理したものが増えてくる。これは明らかに、エッセイストとしての團伊玖磨の腕の上達だろう。世相批判や社会批判は、実はそれほど難しくない。それより日常のささいな出来事を拾いあげて一編の文章にするほうが、はるかに大変なことなのだ。

 

そんな世相批判にも、おやっと思うものは多い。けっこう厳しいオリンピック批判(もちろん今回のではなく、1964年の東京オリンピック)があったりするのだが、オリンピック開会式の音楽の作曲者がこんなことを感じていたのかと思うと、意外な面白さがあった。

 

「米国」「英国」という略称への批判もユニークだ。特に「米国」については、自国民の主食を名称に冠したことで「無意識的にではあるにせよ、大切な主食の概念が一瞬横切る」のであって「我々日本人にとって、米国という国が、事実そうである以上に、又、そうである可きである以上に、重要な重みを持って迫って来るように思える」(p.264)という。さらに米国と英国に負けたことについても「米と戦って米(こめ)を失い、英と戦って英(すぐ)れざることを証明した」と手厳しい。

 

戦争の記憶がまだ生々しく、一方ではオリンピックと経済成長に沸く日本の姿がリアルタイムで捉えられているという点では、時代の貴重な証言ともなっている(占領下の沖縄の描写もあって驚く)。だが一方で、最初に挙げた「ハンドバッグ」のように、書かれている主張や発見自体は、今読んでも驚くほど古びていない。そのあたりが時代を捉えつつ、時代を超える名エッセイたるゆえんなのだろう。