hachiroetoのものぐさ遊読帖

自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【2543冊目】伊藤亜紗『記憶する体』

記憶する体

記憶する体



たとえば、ある全盲の女性は話しながらメモをとる。別のやはり全盲の男性は、数字の0はピンク、1は白など、数字や文字から色彩を連想する。交通事故で左足の膝から下を失った男性は、「ない足をあるように使う」ことで幻肢痛を克服した。一方、先天的に左腕の肘から下がない男性にとっては、義手は「あると楽だけどなくてもかまわない」程度のものにすぎないという。


人間は誰でも、自分の身体に関する「記憶」をもっている。ところが、中途障害を負うと、現実の身体と記憶の中の身体にズレが生じる。過去の身体は常に、記憶の中から現在の身体に対して「それは違う」と呼びかけ続ける。


福音となりそうなのが、3Dプリンターのような技術革新だ。3Dプリンターは一人ずつのオーダーメイドで義手などを作れるため、記憶の中の身体との乖離が生じにくい。もっとも、そうした選択肢を選ぶかどうかはその人による。現実の身体に徐々に記憶を合わせようとする人もいれば、記憶の中の身体を生き続ける人もいる。どちらが正解ということはない。


一方、障害もまた時間が経つにつれて、身体の記憶を形成する。目が見えない、耳が聞こえない、吃音がある、手足の欠損がある、といった要素は、その人自身の一部として身体的アイデンティティをかたちづくるのである。


ある時、吃音当事者数名との話の中で「目の前に吃音を治せる薬があったら飲むか」と聞かれた場面では、全員がノーと言ったという。別の場面では、ある全盲の人が「視覚情報を触覚情報に置き換えて提供するサービス」を提案されて「いらないなあ」と即答したという。もちろん「治したい」と考える人もいるだろう。ここでもまた、正解は、ない。


身体の中の記憶がその人を形成し、現実の身体がさらにそこを裏切っていく。「記憶する身体」をめぐる一筋縄ではいかない現実を、具体的なインタビューを通じて描き出した一冊だ。