自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1722冊目】山内薫『本と人をつなぐ図書館員』

本と人をつなぐ図書館員

本と人をつなぐ図書館員

図書館本15冊目。

この本にはかなりびっくりした。図書館員はここまでやるのか、ここまでできるのか、と思わされた。

著者は墨田区の図書館職員だ。それも1969年からずっと図書館勤務一筋というから、他部署への異動が当たり前のウチの自治体からすればうらやましいかぎり。そういえば雨水利用の村瀬さんも墨田区職員だった。人事行政の懐の深さがうらやましい。

とはいえ、著者は単に図書館の「中」だけで仕事をしているのではない。実際に地域に飛び出し、特に障害者や子どもへの図書館サービスに取り組んできた。いわば図書館事業アウトリーチである。それって図書館の仕事なの? などと思うなかれ。図書館が本当に「誰にでも開かれている」というなら、図書館に来られない人、来づらい人にこそ、本来は図書館サービスが必要なのだ。

とはいえ、本書で紹介されているその活動はなかなか大変だ。脳性マヒのひろみさんに録音図書を届けるくだりでは、リクエストのあった本を他の図書館まで含めて探し、住んでいる筑波にまで出かけていく。全盲の大樹君や弱視の洋介君には、点字指導のためのプロジェクトチームを作る。知的障害の方々のためには、近くの福祉作業所まで出向いて「出張図書館」を展開する……

どの活動も、とにかくきめ細かく、機動的で、それでいて舌を巻くほど周到だ。とりわけ障害者向けサービスでは、障害はその人によって大きく内容が違うので、それに合った図書サービスを行う必要があるのだが、そうは言っても、実践するのはおそろしく難しく、手間がかかる。

専門の福祉施設や相談機関でも大変なのに、「図書館」の職員がそれをやってのけるというのが驚きだ。いや、これは失礼な言い方かもしれない。福祉施設や相談機関の職員が福祉のプロであるのと同様に、図書館の障害者向けサービスや子ども向けサービスを担う職員だって、やはりその道の「プロ」なのだから。

だが実際問題、著者のように図書館プロパーで、障害者や子どもへの深い理解と図書館事業への高い意識をもって仕事にあたれるような職員を擁している自治体が、果たして全国にどれほどあるだろうか。録音図書や大活字本を用意する程度では、到底間に合わない。やはりそこでも、求められるのは「人」なのだ。

ちなみに、本書で私がいちばん感銘を受けたのは、加藤周一の文章を引きながら、読書の意味について次のように書いているくだり。図書館サービスの本筋から外れているようにも見えるが、実はこれこそが図書館サービスの根幹なのだと思う。

まずは加藤周一の文章の抜粋。

「…苛酷な条件のもとで、最後に残るのは、デカルトの「自由」である。なぜなら目標の実現は自由でなくても、目標の形成は自由であり得るからだ。人は世界をその目標との関連において意味づける。したがって目標の形成において自由だということは、世界の意味づけにおいて自由だということであろう。環境を変えることはできないが、環境の意味を変えることはできる。世界を変えるよりも、自分自身を変えよ。しかし自分自身を変えるのは当人の意思の問題である」(p.20)

そして、これを受けた著者の文章の抜粋がコチラ。

「生きることにおける読書の意味は、おそらく、生きることにおける制約をより多く負っている人ほど大きいのではないか。しかし、そこには自由な意思というものが存在しなければならない」(p.21-2)

ここでいう「環境」に、子どもにとっての発育段階、障害者にとっての障害を含めて考えれば、まさにこれは、すべての子どもや障害者にとって、きわめて重要な意味をもつ言葉であろう。「環境を変えることはできないが、環境の意味を変えることはできる」のだ。そして、読書はまさにそのために決定的な重要性を持っている。

そう考えると、著者がここまで徹底して子どもや障害者の読書にこだわるのも、分かる気がする。もちろん単なる娯楽でもよいだろう。しかしそれ以上に、読書はかれらの人生に、おそらく健常者の人生に対するよりも、重大な意味をもっているのだ。

自治体職員としても、図書館ユーザーとしても、ものすごく大事な示唆をたくさん受けた本であった。図書館関係者はもとより、福祉関係者にもぜひ手にとってほしい一冊だ。