自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2539冊目】尾川正二『原稿の書き方』


なんと1976年に刊行された「書き方指南」の本。古い。だいたい、いまどき原稿用紙にものを書く機会さえほとんどない。それでも、この本に書かれれている指摘の多くは、今も十分役に立つ。それは、本書が書くことの本質に根ざしつつ、内容はあくまで具体的で実践的なアドバイスに徹しているからだ。例文が豊富なのもありがたい。


「タテの生命意識の深さ、ヨコの社会意識の広さ、その交錯するところに、個人の位置がある。その世界と個人とを媒介するのが、ことばである」


「タテの世界であれ、ヨコの世界であれ、深く掘り起こしてゆけば、ことばを失う。沈黙するほかはなくなる。その本源の沈黙を突き破る言葉が、ほんとうのことばであろう」


いずれも「はじめに」からの引用である。前期ヴィトゲンシュタインを思わせる。こうした「言葉の持つ本質的な不可能性」に対する深くきびしい認識が、本書の根底にあるように思われる。


「すぐれた思想や感情が、直ちにすぐれた文章となるとはかぎらない。ことばを選びながら、その思想・感情を文章として表現することに成功したとき、すぐれた文章となりうるのである。あえて言うならば、文章がその人を超ええたときである。『文は人なり』とは、そういう苦しみを含めて言われたものであろう」(p.83-84)


このくだりもまた、著者の文章に対する姿勢をあらわしている。文章がその人を超えた時、はじめてその文章は文章たりうる。ブログやインスタでだらだら文章を綴っている私のような人間には、なんともおそろしい指摘である。


なんだか一挙に読む側のハードルを上げてしまったかもしれないが、実際に著者がこの本で書いていることの多くは、原稿用紙の使い方から適切なことばの選定、主語と述語の照応、語尾の選び方など、具体的で基本的、あえて言えば当たり前のことばかり。もっとも、実際に本書で引用されている例文を見ていると、このレベルですでにかなりあやしいものが多いので驚く。


だが、その段階にいつまでもとどまってはいられない。当たり前の文章が書ける段階のずっと向こう側に、とんでもない領域がひろがっている。そもそも、言葉は常に、言葉にならない膨大な領域をその裏側にもっている。その臨界点の崖っ淵を覗き込み、すれずれを一挙に駆け抜ける行為こそが、おそらく「書く」ということなのだ。そう考えると、「書く」とはなんとおそろしい行為であることか。そんなことまで考えさせられる一冊であった。