【2492冊目】河上肇『貧乏物語』
タイトルは「物語」とあるが、今で言えば「貧困論」。まだ「貧困」という言葉が使われてさえいなかった大正5年の日本で顕在化しつつあった「貧乏」と格差の問題を熱く論じた一冊だ。
内容は、ラウントリー(本書ではローンツリー)やブースの貧困研究を引きつつ、一方ではマンデヴィルの『蜂の寓話』にアダム・スミスの『道徳感情論』『国富論』にも言及して展開される王道ど真ん中の貧困論。現代社会でも十分に通用する水準となっている。
著者の示す貧困対策のポイントは、富裕層の贅沢を廃し、その分の生産力を貧困者向けの食糧や日用品に振り向けることにある。なぜなら、経済学では「需要があってはじめて供給がある」とされるが、需要はそれを裏付ける経済力があってはじめて需要となる。そのため、生産に携わる者は、豊かな資力をもつ富裕層のための生産を中心とし、生活必要品より無用の贅沢品がどんどん生産されるようになってしまうというのである。
このあたりの考え方の正当性については、個人的には疑問がなくもない。そもそも贅沢品の生産だって、それに携わっているのは決して裕福ではない工場労働者であろうから、贅沢品の供給を減らすことはかえってそうした人々を追い込むことになりはしないか。例えば江戸時代だって、贅沢を禁止した天保の改革や享保の改革はかえって経済や文化を停滞させたのではなかったか。思えば著者の発想は、例えば松平定信あたりに近い。むしろ資産の移転には、強力な累進課税がもっとも有効なのではないかと思う。
とはいえ、そもそもこの時代に「貧乏」に着目し、その問題点を広く伝えた点で本書の功績は大きい。そして、現代というもうひとつの「貧困と格差の世」を生きるわれわれにとっても、本書の内容は無縁ではない。当時の文体が読みづらい方は、佐藤優が「現代語訳」を出しているようなので、そちらを覗いてみてはどうだろうか。