【2318冊目】佐藤優・池上和子『格差社会を生き抜く読書』
社会的擁護に関わってこられた池上和子氏はともかく、『国家の罠』の佐藤優氏が「ケアを考える」というシリーズの一冊に名を連ねるのはちょっと意外に思えたが、考えてみればこれまでも佐藤氏の論考には、現代社会における個人のアトム化や新自由主義の問題点への指摘がたびたびなされてきた。最近は河上肇『貧乏物語』の現代語訳も行っている(個人的には、現代語訳をしなければならないほど読みにくい本ではないと思うのだが・・・)。
単なる貧困や格差に関する対談ではなく、「読書」がベースライン、あるいは手すりになっているのがユニークだ。私も一時期、別ブログで福祉に関する本を集中的に取り上げていたことがあるが、この分野は実はフォローしようとすると意外に広く、かつ深いのだ。現行の制度論や解説だけでも介護保険、障害者福祉、生活保護、年金、医療保険などいろいろあり、しかもそこに、経済学や政治学、社会学に心理学、さらにはコミュニティ論からソーシャルワーク論などがあり、さらに現代社会を描いた小説やマンガ、ルポルタージュなどが斜めに刺さってくる。
本書で取り上げられている本でいえば、第2章で大きく取り上げられているヘックマン『幼児教育の経済学』が気になった。ちなみにこの本は原題が「Giving Kids a Fair Chance(子どもに公平なチャンスを与えること)」となっており、邦題とはだいぶニュアンスが違う。「経済学」だとどうしても経済合理性の尺度で幼児教育を捉える、というふうに見えてしまう(実際、そうした観点で書かれているのが中室牧子『「学力」の経済学』で、本書ではこの本はボロクソに叩かれている)。いずれにせよこのヘックマンの本は相当面白そうだ。日本での受け入れられ方も含め、一度自分で読んで検証してみたい。
日本の社会保障制度史を概観した第4章では、岸信介を「日本が誇るべき国民皆保険制度を準備した」として評価しているのが興味深い。私も、戦後わずか16年で世界でも先進的な国民皆保険制度がなぜ導入できたのか不思議だったのだが、そこには岸首相の存在が大きかったようなのだ。むしろその後の池田隼人以降の自民政権は経済成長重視路線にシフトして、経済成長によって福祉政策を肩代わりさせた。その結果生まれたのが、宮本太郎氏のいうところの「低負担・中福祉」なる、世にも奇妙な福祉システムであったのだ。
貧困に対する都市部と地方の認識の違いも、今まであまり指摘されてこなかったのではないか。特に子どもの貧困について、都市部ではある程度認知されているので議論のテーブルに乗りやすいが、地方ではそもそも「子どもの貧困なんて存在しない」と言い出す人が多く、しかもそういう人が「地方の名士」になっていたりするので、そこを説得するのに骨が折れるという。
そう考えると、そういう人に選ばれて地方から出てきている政治家の集まりが自民党なのであって(一人当たりの票の格差がここに影響してくる)、その自民党が今は政権与党なのだから、貧困対策が進まないのは当たり前なのだ。願わくば、どこが与党であるにせよ、正確な定義と明確なエビデンスに基く貧困対策が一日も早く行われるようになってほしいものである。