【2483冊目】上橋菜穂子『精霊の守り人』
言わずと知れた、現代日本に生まれた傑作異世界ファンタジー「守り人シリーズ」の第一作である。
ちょうどこの本が出たころはファンタジーから遠ざかっていた。児童文学ということもあって、手に取るにも遠慮があった。気がつくと巻数を重ね、文庫化もされていたが、今度はシリーズ全10冊という量に腰が引ける。今回、ある知り合いが勧めてくれたのをきっかけに、ようやく手に取ってみた。
面白い。見たことがないはずなのに、どこか懐かしい世界観。女用心棒バルサに皇子チャグム、薬草師タンダに呪術師トロガイといった魅力的なキャラクター。先が読めないスピード感のある展開。あっという間に読み切った。
単なるお子様向けのファンタジーではないのは、主人公バルサの年齢が30歳というところからもわかる。むしろ謎が謎を呼ぶ重層的なストーリーは案外複雑で、しっかり読み解くのは大人でも少し苦労するかもしれない。というか、これほどの新しい世界観、二転三転するストーリーに歴史のオモテとウラまで盛り込むには、いかんせんこのページ数では少なすぎる。濃縮しきれず完全に「説明文」になってしまっている箇所もあり、本来はこの倍の分量が必要だろう。そのあたりは第一作ゆえの制約もあったのだろうが、それでもこれほどの要素を詰め込み、そのことをほとんど感じさせない手際はすばらしい。
特に、この世界は目に見える世界「サグ」と、目に見えない水の世界「ナユグ」が重なり合っている、という設定は卓抜だ。二つの世界はそれぞれに関わりなく存在しているが、時に一方の世界がもう一方に大きな影響を与える。そのことが、この物語のメイン・プロットに深くかかわっている。このあたりは著者の専門であるアボリジニ神話が影響しているのだろうか(著者はアボリジニ研究を専門とする文化人類学者)。いずれにせよ、このシリーズを読み進めるのは、なかなか楽しい旅になりそうだ。