【2301冊目】ジャレド・ダイアモンド『若い読者のための第三のチンパンジー』
「若い読者のための」というマクラコトバがついているが、これはアメリカの出版社の「若い読者のための」シリーズの一冊だから、とのこと。ただし、内容はけっこうみっしり詰まっている(あ、だから若者向けなのか)。
ベースになっているのは、著者の第一作『人間はどこまでチンパンジーか?』。これをダイジェストし、最新情報を盛り込んだとのことだが、読んでみるとかの名著『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』のエッセンスも入っていて、まさに現時点におけるダイヤモンド人類学の総まとめとなっている。ボリュームもそこそこなので、これからジャレド・ダイアモンドの本を読む人には入口としてぴったりだ。
著者の関心は一貫している。人間とは何か、なぜ人間は今のような文明を作り上げたのか、ということだ。基本的なスタンスは、あくまで「動物」の一種として人間を捉えること。だから、人間の行動を(それがセックスであれ、ジェノサイドであれ)冷静に観察し、記述する。まるで他の動物の行動観察を行うかのように。
遺伝子だけで見れば、チンパンジーとわずか数パーセントの違いしかない人間が、なぜ「ありきたりな大型哺乳類の一種」であることをやめたのか。著者が指摘する決定的な要因は「言語」である。進化の過程で、人類の声道にわずかな変化が生じ、きめ細かい音声コントロールや幅広い発声が可能になった。このことが言語による圧倒的な情報伝達を可能にし、人類の大躍進につながったというのである。
農耕の発生も重要だ。農耕は人類が安定的に多くの食料を得ることを可能にし、これが急激な人口増につながった。階級格差が生まれ、富が一部の層に集中したのもこの頃だ。狩猟民族より圧倒的に増えた農耕民族は、勢力の面でも狩猟民族を圧し、後者はどんどん奥地に追いやられていった。
意外な指摘も多く、特に性行動のくだりは面白かった。例えば人類では、男性の方が女性より体格がわずかに大きいが、これは一夫多妻制の名残りであるという。一夫多妻制では、戦いに勝った一部の雄が雌を独占するため、体格が大きく戦いに強い雄が残りやすい。結果として雄の体格が相対的に大きくなるというのである。実際、一夫多妻制(というべきか)を取る動物では、どれも雄の体格が雌より大きくなる。
チンパンジーとはたもとを分かった人類だが、どこかにチンパンジーの名残りを残していることも忘れてはならない。ギョッとしたのは、ジェノサイド(大量虐殺)という行動がチンパンジーと共通するという指摘だ。例えば、コモンチンパンジーは隣り合う集団を皆殺しにする。さらに、人間の集団生活は「他の集団のジェノサイドから身を守るため」に始まったと考えるべきなのかもしれない、と著者はいう。白人が行ったアメリカインディアンやアボリジニの虐殺から、ナチスのユダヤ人虐殺、ルワンダのジェノサイドまで、人間特有と考えられてきたおぞましい行為は、人類の祖先から受け継いできた遺伝的な性向なのかもしれないのだ。
そして今、環境問題という新たな危機が人類に迫っている。この「第三のチンパンジー」は、これからどのような方向に向かうのか。それは遺伝的にすでに定められていることなのか、それとも私たちの自由意志次第で、明るい未来を選ぶこともできるのだろうか。いずれにせよ、私たちも時々は、自分が「動物」であることを思い出すべきなのだろう。

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