自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2452冊目】京極夏彦『鬼談』

 

鬼談 (角川文庫)

鬼談 (角川文庫)

 

 

『幽談』『冥談』『眩談』『旧談』に続く、京極夏彦の怪談シリーズらしい。「らしい」というのは、実はこのシリーズ初読だから。というか、京極夏彦自体がずいぶん久しぶり。第一作の『姑獲鳥の夏』からほぼタイムリーに追いかけていたのだが、ちょっと目を離したすきに未読の新刊が増えてしまい、そのまま刊行スピードに読むペースが追いつかず放置していた。

鬼というと、日本では桃太郎に出てくるような角の生えた巨人だが、中国における「鬼」は、日本では幽霊のようなもの、さらに言えば「見えないもの」「ないもの」を指すと、本書収録「鬼棲」の登場人物は言う。

「ないものを見るには、記憶に頼るしかないのよね。見たことないものは想像しようがないもの。鬼というのは記憶なの。連綿と続く過去こそが鬼よ。それを思い起こすことが――予感よね。だから人は、幽霊なんかを見てしまうような気になるのね。あらゆる恐怖は、予感なのよ」(p.188)

そうなのだ。幽霊だってなんだって、実は「見える前」こそが怖いのだ。怪談とは、その「見える前」をいかに描くかにかかっている。本書はいずれもそこを徹底し、恐怖の正体を伏せるだけ伏せてギリギリまで引っ張り、とんでもない方向から飛び出させてくる。

上田秋成雨月物語』から「青頭巾」に材を採った「鬼情」や、たぶん本書中のベスト作品である「鬼慕」は会話だけで成り立っており、その会話自体にとんでもない仕掛けが潜んでいる。「鬼慕」と並ぶ傑作「鬼気」も、顔を半分隠した女という不気味な存在があり、一方で認知症が悪化したとおぼしき母をめぐるやり取りがあるのだが、終盤に思いもかけない形で両者が交錯し、背筋が寒くなる。

因果応報というより、不意打ちのように恐怖が襲い掛かってくるのも特徴だろう。そもそも著者自身、因果応報などで怪異の理由に説明がついてしまうものは「怪談」ではなく「因果話」であると言っている。

「怪談は怪しい話ですから、理由はいらないんです。(略)怖いものを怖いものなりに何の説明もなしにボンと見せつけてやる文学というものは、あるべきだろうと私は思います」(p.253 本書解説より)

まさにそんな、因果を無視した理不尽な恐怖を描いた9篇に、ギャッとなり、ゾッとする。すっかりベテランとなった京極夏彦の「怪談芸」が堪能できる一冊だ。