自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2412冊目】池波正太郎『英雄にっぽん』

 

英雄にっぽん (角川文庫)

英雄にっぽん (角川文庫)

 

 

ずいぶん大仰なタイトルだが、中身は中国地方の戦国武将、尼子家に仕えた山中鹿之助の生涯を描いた一冊。とかく忠義者としてもてはやされる鹿之助を、それ以外の面も含め、冷静に、一人の人間として捉えようとした労作だ。

鹿之助は勇猛な一方、単純で視野が狭く、毛利家との確執以外の複雑な情勢が目に入らなかった。人の気持ち、特に自分より弱い人の心情についてもあまり理解できず、そのためにいらざる敵を作ることになった。ある意味、一人の武士としては「英雄」ではあったが、「将器」ではなかったということなのだろう。そのため、尼子家と毛利家の戦いを描く前半では鹿之助の活躍は目覚ましいが、後半、織田信長の助力を得て尼子家の再興を果たそうとする場面では、話の中心は信長を中心とした権謀術数や大がかりな戦略に移り、鹿之助の存在感はどんどん薄くなっていく。

ところが、その権謀術数の渦巻く戦国時代の様相が実にスリリングで面白い。ニセの情報を流し、スパイを送り込み、裏切りを誘い、罠にかける。毛利元就にせよ織田信長にせよ、この時代を勝ち抜いた者はすべて、陰謀の達人でもあったのだ。そんな騙し騙されの世界に、鹿之助は翻弄され続けたともいえる。いっそ何でも丸呑みで受け止める度量があればまだ良かったのかもしれないが、鹿之助は中途半端に疑いをもって疑心暗鬼になり、真実が見えなくなってしまうから始末に悪い。毛利方に付いた父を裏切って鹿之助のもとを訪ねた於鶴を追い返してしまい、毛利方に寝返らせてしまうなどはその一例だ。

まあ、そのあたりの人間臭さが鹿之助の魅力であるともいえるだろうが、その程度で泳ぎ渡れるほど、戦国の世は甘くなかったということなのだろう。かれは勇猛な武士ではあったが、到底「にっぽんの英雄」とまではいえない人物なのであった。