【2338冊目】久世光彦『怖い絵』
「怖い絵」といっても中野京子ではありません。著者はそれよりもずっと先達、ドラマ「寺内貫太郎一家」を手がけたことで有名な演出家であり、『一九三四年冬ー乱歩』で山本周五郎賞を取った作家です。
とはいっても、「怖い絵」に注目するマインドは、どこか中野京子に似通って、というか、それをさらに突き抜けています。著者はこんなふうに書いています。
「絵というものは、たいてい怖い。人物だろうと風景だろうと、イメージだろうと、あるいは、その全貌にしろ細部にしろ、絶え間なく動き、時の中で変わっていく物や事象を瞬間切り取ろうとするとき、その画家に怖れがないわけがない。その怖れや畏れが深ければ深いほど、見る者によってその作品は「怖い絵」となる」(p.187)
本書はそんな「怖い絵」とともにあった著者自身の若き日々を描いた短編集(少なくとも、そういう体裁になっている)。登場する絵はビアズリーやモローの「サロメ」のような「わかりやすく怖い」絵もあれば、クノップフがブリュージュを描いた一枚のような、どこが怖いというわけではないが奇妙に忘れがたい作品も。
ちなみに表紙のロウソクを描いたのは高島野十郎という画家で、この人は生涯にわたってロウソクを描き続けたそうです。そう聞いてからこの絵を見ると、やはりこれも無意識にじわりと染み込むような怖さがありはしないでしょうか。