自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1634冊目】伊坂幸太郎『仙台ぐらし』

仙台ぐらし

仙台ぐらし

版元の名前に、まずギョッとした。「有限会社 荒蝦夷」という、なんとも迫力のある名前なのだ。刊行物をみると、雑誌「仙台学」に赤坂憲雄の「東北知の鉱脈シリーズ」、「山田野理夫東北怪談全集」に「杉村顕道怪談全集」など、地元作家のなぜか怪談集ばかり。う〜ん、ディープだ。

そんなディープな版元がなぜ、今をときめく流行作家の伊坂幸太郎のエッセイ集なのかというと、まず伊坂さんが仙台在住であり、さっきも挙げた雑誌「仙台学」に連載していたエッセイが本書に収録されているから、ということらしい。

さらに「あとがき」によると、仙台在住作家ということで東日本大震災についてコメントや文章を求められても、伊坂さんは基本的にすべて断っているが、「地元の媒体のいくつかへの寄稿と、荒蝦夷からの依頼は例外的に」受けてきたという。私の中での伊坂さんのイメージはもっとチャラくて軽い(失礼!)ものだったが、おやおや、柔らかそうだが案外ホネがあるらしい。

紹介の順序がアトサキになってしまったが、そういうわけで本書の中心になっているのは伊坂さんの連載エッセイだ。ただし、その内容が震災の前と後をまたいでいる。さらにそこに、震災を背景にした短篇小説「ブックモビール」まで収められていて、なんともお得。ちなみにこの「ブックモビール」(bookmobile)って、移動図書館のこと。被災地と移動図書館、という組み合わせの時点で、図書館好き、本好きとしては、なんともこたえられないしんみりした一篇だ。

伊坂幸太郎のエッセイを読んだのは初めて。印象としては、いわゆる「うまいエッセイ」という感じではない。例えばこの間読んだ向田邦子のエッセイのような名人芸はみられない。どちらかというと朴訥で、素直な印象だ。だがその朴訥さと素直さが、かえって好印象を残す。

著者は街中で声をかけられてサインを求められるのかと思ったら「お兄さん、何帰り?」といきなり聞かれたり、喫茶店でパソコンを叩いていたら(伊坂さんは喫茶店でパソコンを開いて小説を書くらしい)隣の婦人がこちらをしみじみと眺めているので、やっぱり自分のことを知っているのではないかと思っていたら「上手にパソコン使うのねえ」と褒められたりする。

こういうエピソードは、書きようによっては自分の有名さ加減をひけらかしているようにも見えそうなのに、全然そういうふうには感じられない。むしろ「自分は有名だと思いあがっているのではないか」と反省したりしているところが、なんとも「らしい」のだ。このあたりはもう伊坂さんの人柄というべきもので、ああ、この人は本当にいい人なんだろうなあ、と思わせられた。

さて、本書は「震災本としてひとくくりにされたくなかった」と著者はいうが、やはり読み手としては「伊坂幸太郎東日本大震災をどう受け止めたのか」が気になるところだ。

まあ、結論から言うと特に突飛なことを感じたり考えたりしているワケではなく、他の人と同じように家族と一緒になると安心し、何をしていいかわからず不安になり、あちこちからの支援に胸が熱くなり、といった様子なのだが、しかし3月以降、伊坂さんも小説が読めなく、書けなくなったというのは、うまくいえないが、ああ、やっぱり伊坂さんもそうだったんだなあ、と思わされた。

だがそれでもなんとか日常に戻ろうと、喫茶店でパソコンを叩いていた時、ある男性が寄ってきて、こう言ったという。

「こんな大変なことがおきちゃったけれど、また楽しいのを書いてくださいね」


う〜ん、いいですねえ。「楽しいの」というこの一言に、何か吹っ切れるものがあったのだろう。震災後の著者の小説はまだ読んでいない(本書収録の「ブックモビール」を除いて)のだが、どんなふうに「楽しい小説」を書いているのか、ちょっと読んでみたくなった。