自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1633冊目】木村草太『キヨミズ准教授の法学入門』

キヨミズ准教授の法学入門 (星海社新書)

キヨミズ准教授の法学入門 (星海社新書)

各章のトビラには見開きでマンガ、高校生相手のくだけた会話調(時に漫才調)、動物園や文化祭などのなごやかな舞台と雰囲気……に、騙されてはいけない。いや、むしろ積極的に騙されて読むべきか。なぜって、本書の内容は「法学入門」というより「法学原理」とでも言うべき、本来的には決して「やさしくない」ものなのだから。

そもそも法律とは何か。近代法とは、そして近代とは……? 法律の原理を求める旅は、現代にはじまり遠く古代ローマまで至る。古代ローマから近代ヨーロッパまでの思想史を辿りつつ、法の歴史と原理を解説するという、こうやって書くとかなり「読みたくない」テーマを本書は扱っている。

ところが実際に読んでみると、これがびっくり、全然難しさを感じないのだ。いや、部分部分で「難しい」と思えるところはあるのだが、そこは著者も分かっていて、前後でちゃんとフォローを入れたり、そこを飛ばしてもある程度理解できるように解説してあるので、つまずくことなく最後まで読める。しかも最後には参考文献までついていて、中にはかなりハイレベルなものも含まれているのだが、ちょっと読んでみようかな、とまで思わせてくれる。

本書は、大学で法律を教えるキヨミズ先生とワタベ先生が、なぜか高校生のキタムラ君に法律原論を教えるという、ちょっと設定に無理のある風変わりな法学入門書である。コワモテのワタベ先生は知的財産法が専門で、法学原論自体はあまり詳しくない。そこでおとぼけキャラのキヨミズ先生が、ワタベ先生のツッコミも受けながら法学の基本的な考え方を説明していく、というのが、本書のつくりになっている。

興味を感じたのは、近代について「世界を意味づける単一・絶対の視点を想定する時代である」としていたくだり。それまでは身分や階級などによってさまざまな世界観があったのを、統一されたひとつの原理の下に処理しよう、というプロジェクトが、近代というものなのだ、というのだ。そのため近代法も、まずはすべての現象を網羅する「普遍的に適用される一般原則」を作り、それを個別の問題にあてはめていく、という構造を取ったのだという。

ワタベ先生がここで「まるで一神教の世界」と突っ込んでいるが、確かにそれは言えている。というか、こうした世界認識法はまさに西洋の思想と歴史が作ってきたものであり、それを日本でもやろうとしたのが、近代日本の法制史であるということになるのだろう。

法律は一見普遍的に思えるが、実際には各国の文化や習俗や思想からできている。ところがこれを、思想的な「根っこ」がないところに持っていこうとするから、ややこしい問題が起きる。日本でいえば、明治維新の近代化・西洋化のなかで「根っこ」が伴わないまま制度だけを入れてしまって、その結果が今に至るまでつながっている。憲法だって、内容を否定したり批判する気は毛頭ないが、その背後にある価値観を「根っこ」の部分まで見通しておかないと、夏目漱石じゃないが、いつまでたっても「上滑りの近代化」のままになってしまう。

近代つながりで言えば、「立法権」という概念は近代社会が生み出したもの、という指摘も新鮮だった。それまでは、法とは慣習が自然に積み重なることでできるものだと考えられることもあったという。特に議会は「非常に優秀な法工場」だというから、なんだかずいぶん意外な結論である。面白い。

私は大学でほとんど法律の勉強をしていないので、実際問題、法律の「原理」の部分をどの程度勉強するものなのかよくわからない。だがなんとなく、憲法民法などの個別の法律をいきなり学び始める人が多くて、本書に書かれているような本当の原理の原理のところまで、つまり「なぜ法は法なのか」というあたりまでを突き詰めて勉強している人は、そんなに多くないように思える。

だが、独学で法律を(もちろん「個別の法律から」)勉強した私としては、最初にこうした考え方をじっくり身につけておけばよかった、と思わないでもない。特に、法律というものが(憲法も含めて)決してニュートラルで価値中立的なものではなく、それまでの思想史や歴史の影響を色濃く受けているものなのだ、と明確に分かったことは、非常に大きな収穫だった。

だから本書は、まずは法律の「ど素人」にこそ読んでほしい一冊だ。もちろん、ある程度法律を知ってから戻るのも良いだろう。法律が一軒の家だとすれば、本書はその土台にあたる。本書を読めば少なくとも、自分の家が傾いている理由くらいは見えてくることと思う。

私の個人主義 (講談社学術文庫)