自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1541・1542冊目】高野和明『グレイヴディッガー』『幽霊人命救助隊』

グレイヴディッガー (講談社文庫)

グレイヴディッガー (講談社文庫)

 
幽霊人命救助隊 (文春文庫)

幽霊人命救助隊 (文春文庫)

『ジェノサイド』に続き、高野和明を連読。

『グレイヴディッガー』は、一言で言えば逃亡モノのサスペンス。それも主人公の八神、それを追う謎の集団、さらにそれを追うグレイヴディッガーの三層構造である。しかも八神は警察にまで追われているという超複雑な「鬼ごっこ状態」だ。

さらにそこに、骨髄移植というタイムリミットまで組み込まれ、逃亡サスペンスとしてはなかなかのデキになっている。八神側と警察側で視点を切り替えることでリズムを生みだすのは『ジェノサイド』でも見られた手法だが、この手の逃亡モノでは実に効果的だ。そして、なんといっても「グレイヴディッガー」という謎の殺人鬼の存在が効いている。ちなみにグレイヴディッガーとは、中世で魔女狩りを行った異端審問官を狙った殺人鬼のことである。

『ジェノサイド』でみられた著者の「正義感」は、本作でも健在。だが、それがきちんと筋書きに組み込まれているため、それほど鼻につくことはない。

ツッコミどころを探すなら、むしろ筋金入りの悪党、八神がなぜ骨髄ドナーになったのか、というところがあまり説得力を感じなかったということくらいだろうか。個人がアトム化した現代らしいと言えば言えるのかもしれないが、改心するとしても、そのターゲットはもうちょっと身近な人に向けられるのが普通ではないか、と感じた。まあ、これは挙げ足とりというか、アヤつけのレベル。念のため。

なお、本書で印象に残ったセリフを最後にメモっておく。

「悪そうな顔の人ってね、良心の葛藤があるから悪そうな顔になるのよ。良心のかけらもない本物の悪人は、普通の顔をしてるわ」(p.294)

これは、ある意味真理を突いているかもしれない。まあ、極悪な顔をした極悪人もいますけどね。

『幽霊人命救助隊』は、自殺した4人が神様に「自殺志願者100人の命を救えたら天国に行かせてやる」と言われ、幽霊となって自殺防止に駆け回るという、かつての赤川次郎を思わせるユーモア・タッチの作品。

老ヤクザに気弱な中年、若い女に浪人生という4人の取り合わせが絶妙で、しかもそのやり取りが実に巧い。今まで読んだ高野作品がめっぽうシリアスなものばかりだっただけに、こういう軽妙な会話も書けるのか、と驚かされる。

しかも設定が面白い。この4人、幽霊なだけに自殺を止めるといっても実力行使はできず、相手の中に入って心を読み、メガホンで呼びかけることで、相手の頭の中に声を届けることしかできないのだ。しかも相手はその声を自分の心の声として聞くのだから、よほど相手の心の琴線に届く言い方をしないと、声は届いてもそのとおり相手が動くとは限らない。

そんなハードルの高い設定下で、自殺を思いとどまらせようと必死に呼びかける4人の姿は、ユーモラスに書かれているので笑えるが、よく考えれば笑っている場合ではないシリアスな状況ばかりである。あえてユーモア・タッチを選んだというより、このテーマで小説を描き切るには、笑いにでもくるまないと文字通りシャレにならないということだったのだろう。

うつ病。いじめ。借金苦。取り上げられているのは、どれも現代社会の先端的なテーマばかり。自殺という現象は個人的なものに見えるが、実はきわめて社会的なものであることが良く分かる。

その奥に見えてくるのは、現代の日本社会がもっている醜悪な構造そのものだ。特に借金苦は、消費者金融と銀行と、そして国家そのものが作り上げた「自殺者製造マシーン」そのものだ。日本における年間の自殺者は約3万人とのことであるが、本書を読むと、むしろ3万人でとどまっていることのほうが奇跡的に思えてくる。

では、自殺を望む人びとに、救助隊の4人は何をしたか。自殺の原因が異なる以上、その対応も同じではないが、それでも共通点はある。そしてその共通点こそが、著者が本書を通じてもっとも訴えかけたいことであろう。

「死を急ぐ人たちに対して、救助隊は「待て」と言い続けた。待つ手段はいくらでもある。休息をとる方法だっていくらでもある。ただ漠然とした生きる虚しさにも、相談に乗ってくれる専門家はいる。辛い現実から逃げるのは恥ではない。頑張る必要はどこにもない。とにかく寿命が来るのを待て」(p.537)

この言葉を読んで私は、整体法を考案した野口晴哉氏の次の言葉を思い出した。

「未だ死ななかった人は全くいなかったということだけは確かであるが、その生の一瞬を死に向けるか生に向けるかといえば、生きている限り生に向かうことが正しい」

「溌剌と生くる者のみに深い眠りがある。
生ききった者にだけ安らかな死がある」


生きるとは何か。死ぬとは何か。100人の自殺志願者の「救出劇」の中に、その根底を考えさせられる一冊だ。

ジェノサイド