自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1390冊目】大河内直彦『チェンジング・ブルー』

チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る

チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る

タイトルだけだと何の本だかわかりにくいが、副題に「気候変動の謎に迫る」とあるとおり、地球の気候変動について解説した一冊。

気候変動というと、大方の人がすぐ思い浮かべるのは、賛否はともかく「地球温暖化」ではないだろうか。実際、本書の「本丸」になっているのも、実は地球温暖化だ。しかし、著者はダイレクトにこの議論に入っていくのではなく、気候変動の基本原理から説き起こし、気象学者をめぐるいろんなエピソードを交えつつ、じっくり、じわじわとその本質に迫っていく。

さて、歴史上の大きな気候変動といえば、言わずと知れた「氷河期」(氷期である。地球は数万年単位で「氷期」と「間氷期」の間を行ったり来たりしている。そのコントローラーとなっているのが、太陽からの入射エネルギーや地球の公転や自転である。

気温とは結局「太陽という「巨大ストーブ」に地球がどの程度暖められるか」という点に尽きる。この点については、地球と太陽との関係を注意深く見ていけば、今後の推移を予測することは(気象学者にとっては)それほど難しくない。

すなわち、氷期間氷期の反復は長期的な「線形」の変化であると言えるだろう。本書の前半は、この長期的気候変動の原理を丁寧に解き明かしている。

問題は、これに加えて地球上には短期間で急激に気温が変化する「非線形」の変化が存在する、つまり「ある条件がそろえば、気候は「ジャンプ」する」(p.284)ということだ。グリーンランドアイスコア(氷の堆積層をぶち抜いて採取されたもので、数万年前に降った雪が押し固められた氷を分析できる)からは、ヤンガー・ドリアス期という短期間の気候変動が読み取れる。1万3,000年前のこの気候変動は、始まったと同時に3〜4度も気温が急低下し、終わる時には、わずか50年間で6度も「温暖化」したという。

著者が問題視するのはこの「非線形」の短期的な気候変動だ。実は、長期的な気候変動が太陽と地球との関係という天文学的スケールで起こるのに対し、短期的には海流の流れという地球規模の要因が気候を左右する。もっとも、海流と言っても、ここで大事になってくるのは、黒潮親潮のような海の表面を流れる海流ではない。重要なのは表層水が沈み込み、海の底をゆっくりと流れる「海洋深層水」だと著者は指摘する。

そして、この深層水が、なんと地球の気候システムの維持に決定的な役割を果たしているというのだから驚かされる。特に北大西洋深層水は、メキシコ湾流から大量の熱エネルギーを北部域に供給しているという(厳密には、グリーンランド海で表層水から深層水に「沈み込む」時に、大量のエネルギーが大気中に放出される)。

したがって、何らかの原因でこの地球規模の「コンベアーベルト」が止まってしまうと、特に北半球で大規模な寒冷化が進む可能性が高いという。具体的には、例えばロンドンの年平均気温は現在10℃であるが、これが0℃以下に下がってしまうという。並大抵の寒冷化ではないことがわかるだろう。特にヨーロッパにはこのコンベアーベルトの恩恵を被っている地域が多く(だから北海道より緯度が北なのにはるかに暖かい)、これが止まってはシャレにならない。

しかし、この表層水と深層水をつなぐコンベアーベルトのスイッチは「どこ」にあるのか。それは海中の「塩分」であると著者は言う。塩分が下がると、水の密度が低下し、表層水が深層水に下がっていかない。特に表層水の下降ポイントであるグリーンランド沖あたりで塩分が下がれば効果はテキメンだ。

さて、ここでやっと地球温暖化の問題に移る。著者は、大気中の二酸化炭素の増加が地球の気候に与える影響をたいへん危惧している。それは、繰り返しになるが、気候には安定的な「長期的・線形の変化」と不安定な「短期的・非線形の変化」の二種類の変動パターンがあり、後者はわずかな刺激が気候大変動の引き金になる可能性があるからである。

特にヤバイのは、温暖化によりグリーンランドの氷河が溶けて海中に流れ込むことで、海水の塩分が大幅に薄められ、海流のベルトコンベアーが止まってしまうおそれがあることだ。皮肉なことに、地球温暖化が地球の熱エネルギー循環システムを止め、かえって気候の大幅な低下をもたらすことだって、ないとはいえない。本書の「目玉」は、まさにこの点を明快に指摘してみせた点にある。

非線形的な気候変動は、なかなか恐ろしいものがある。なぜなら、二酸化炭素なら二酸化炭素の量がある一定のラインを超えると、カタストロフ的に大規模な寒冷化が起こるおそれがあるからだ。これだけ地球規模のスケールのでかい話を読んでいると、非力な人間の排出する二酸化炭素が地球の気候を動かすトリガーになるとも思えないのだが、わずかな入力の誤差が致命的な結果をもたらすのが非線形科学や複雑系の恐ろしいところ。それにしても、二酸化炭素の増加で地球が「暖かくなる」という議論はよく聞くが「寒くなる」という議論は、寡聞ながら私は本書が初めてであった。